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「日出処の天子」の河内を往く2023 ~ 華のおんなソロ旅
旅の3日目。前日の機能的なビジネスホテルは素泊まりにしていたので、朝食は駅中の「奈良のうまいものプラザ」のイートインへ。早朝から484円で和洋食を提供しており好評とあり、このような趣向の大好きな私も、朝一番で行ってみた。ごちそうさま。
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山岸凉子の傑作漫画、「日出処の天子」を訪ねた旅の最終日は河内(大阪)である。聖徳太子と言えば、まず法隆寺、奈良であろうが、作品を見てみると、河内平野で起こったとされる蘇我氏と物部氏の最終決戦、いわゆる「丁未(ていび)の乱」が物語の前半のクライマックスとして描かれている。蘇我一族は、血縁関係のある王族の皇子たちも動員して、宿敵物部氏の拠点である河内に乗り込む。最初は苦戦していたが次第に形勢が変わり、総領の物部守屋(もののべのもりや)が漫画の厩戸に付き従う舎人、迹見赤檮(とみのいちい 漫画では淡水)に矢で射殺され、物部氏は敗退した。
往時を偲んで、まず向かったのは物部守屋の邸宅跡とされる「大聖勝軍寺(だいしょうしょうぐんじ)」である。JR八尾駅で降り立ち、ナビを片手にひたすら商店街を歩くがなかなか着かない。巡礼旅をしていていつも思うのだが、このようなことでもなければ一生歩くことのなかった路を黙々と歩くのも、また一興である。
ようやくたどり着いた寺は国道に面しており、車がひっきりなしで通るところで驚かされた。門から境内に入ると、ありました、ありました「神妙椋(しんみょうりょう)」。戦いの際に、この椋の樹の中に聖徳太子が身を隠したと伝えられており、漫画でも厩戸が蘇我毛人(えみし)と手を携えて入っていくシーンがある。今回の旅で参照したガイド本、「「日出処の天子」古代飛鳥への旅」(平凡社)で見て、ぜひ見たかったので念願かなった。本当に太子像が隠れておりました。雨模様だったのであまり長居はしなかったのだが、門前の、草がうっそうとした「守屋首洗池」を廻りこんで写真を撮っていたら、盛大に虫に食われてしまった。直後から足首からふくらはぎにかけて猛烈なかゆみに襲われ、治るまで1週間もかかった。何も首洗いの池だからといって美味しくもないババの血を吸わなくてもよさそうなもんだが(笑)。帰り道にはやはり国道に面して守屋の墓(「物部守屋大連墳」)があった。明治の初めに当時の知事が建てたとのこと。それにしても、蘇我馬子と物部守屋の墓参りをすることになるとは、昔、歴史を勉強したときには夢にも思わなかったわ。
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八尾駅に戻って次に向かったのは天王寺駅で、そこからまた徒歩で四天王寺へ。聖徳太子が、丁未の乱の戦勝での四天王の加護を感謝して誓いのとおり建てたといわれる。大阪は仕事などで何度となく訪れているが、四天王寺がこれほど大きな名所とは知らなかった。外国人観光客も多い。宝物殿などゆっくり見ていたら16時の閉館時間が近づいてきたので、慌てて五重塔に入ったら、なんと上まで登れるようだ。時間もないが、次に来た時にこの狭いらせん階段の昇り降りができるかどうかわからない。ふうふう言いながら無事に昇降することができた。
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四天王寺を後にし、振り返って最後の写真を撮ろうとしたら、スマホの電池の容量が不足。こんなこともあろうかと充電して持ってきたバッテリーをつなごうとしたら、古い物を引っ張り出してきたので、なんと今のスマホとつなげない ! 慌ててスマホの電源を切ったが、ナビなしに天王寺駅まで帰れるかしらん。最近わかったのだが、どうも私は方向オンチらしいのだ(笑)。来た道を思い出して、見覚えのある天王寺商店街に出たときにはホッとした。そのあと、空港までのリムジンバス乗り場を探さなければならなかったのだが、天王寺駅前は広すぎて、バス乗り場がどこがどこだか全くわからない。ブツブツ言いながら歩道橋の上から見渡すと、大きなスーツケースを持って人が並んでいる一画が。前にコンビニもあるし、まずここで間違いなかろうと行ってみたら当たりだった。10分ほど後にバスが来たから、ヒヤヒヤものであった。今後の教訓である。
さて、今さらだが、この旅のテーマとなった山岸凉子の「日出処の天子」とはなんぞや、という方もおられるかもしれない。エスパーである聖徳太子(厩戸皇子)が、自分を異形の者と見ない数歳年上の蘇我家の総領息子、毛人を同性ながら愛したが受け入れられずに、最後には孤高の為政者として生きることを選ぶ。ちょうど私が大学に入った年から月刊「LaLa」で連載が始まった。それから4年もの間、毎月毎月読むのが楽しみだった漫画のひとつだ。当時の少女漫画家は単に美しい絵を描くだけではなく、教養と人間への深い洞察力を備えた方たちが多く、その作品は読者が大人になっても鑑賞に堪える、芸術であるといっても過言ではないと思う。このたび、30年ほど前にそろえていた漫画文庫で久しぶりにこの作品を読み返したが、思わず深夜まで読みふけってしまった。面白いことに、読む側の年代によって感想も微妙に変わる。初読の時には、家族から浮き上がっていた厩戸の孤独がひしひしと感じられて切なかった。年齢を重ねると、人並み優れた才や容姿に恵まれた厩戸が、こと愛情に関しては敗残者となってしまった運命の無情が身に染みた。プライドの高い彼が毛人に追いすがり、「そなたは私を愛しているはずだ」と肩を震わせながら虚しいことばをかけるシーンに涙した読者は多かろう。なお、私が今回読んだ際には、厩戸の報われない愛の軌跡ももちろんだが、飛鳥時代の政争ぶりが丹念に描かれていて興味深かった。ここでの厩戸は、恋に狂う姿と一変して冷徹とも言える政治家ぶりである。全くいつの世にも人の集まる限りパワーゲームは尽きないのね、と、今ちょっとメンドウな仕事に関わっているのでいろいろと感じることも多く。ただし、昔は殺るか殺られるかの命がけだったのだ。本作には女性も多く登場し、よく描き分けられているのだが、毛人の想い人で厩戸の恋敵、物部一族の元・石上斎宮(いそかみさいぐう)の布都姫(ふつひめ)の人気がないのが面白い。漫画の文庫版で、故・氷室冴子が山岸凉子との対談の中で、毛人に対し「厩戸よりこの女取るかー!」と言ってくれて、溜飲の下がった読者は多かったことだろう。私も今回の巡礼旅で、石上神宮には全く行く気にならなかったわ(笑)。山岸さんは、ほとんど資料を使わないでストーリーを考えるというが、この作品は史実をうまく活かして、ところどころの伏線回収も見事であると再確認させられた。なお、「日出処の天子」の後日譚である「馬屋古女王(うまやこのひめみこ)」も傑作だが、なんともおどろおどろしくて強い印象を残す。
聖地巡礼にしたおかげで、また楽しい旅になった。ただ、やっぱり私は神社仏閣や仏像は苦手である。せっかくだからと予習をして、仏像のヒエラルキーとか、手の形の意味だとかを事前に読んだのだが、年のせいかなかなか頭に定着せず。中で写真が撮れないので、どこのお堂の中にどの像があったのか、よほど印象的だったものを除き、日が経つともう忘れかけている。この記事を書くにあたっても、裏を取って再確認するのに時間がかかり、いつもの倍の労力がかかってしまった。でも、自分ではその分だけ良い記録になったのではないかと感じている。
※追記 「あさきゆめみし」「日出処の天子」展 (2024年3月・札幌市) に行ってきました。
札幌市出身の漫画界の巨匠、大和和紀、山岸凉子のお二人の原画などを展示した展覧会が開催されたので行ってきました。「あさきゆめみし」の方も、大河ドラマの予習のつもりで通して読んでいたので楽しめました。山岸さんは、本編でもチョコチョコと原稿に落書き?をする遊び心のある方で、展示された原稿にも裏話めいたコメントが描かれており、楽しく拝見しました。札幌で漫画家を目指していた頃、札幌にいらした手塚治虫に突撃して会いに行って原稿を見せたとき、大和さんはすぐにでもデビューできると褒められたけど、山岸さんは頑張りなさいとしか言われなかった、というエピソードも面白かったです。当時は彼女の絵柄は一般受けしなかったでしょうね。何か記念にグッズをと思ったけれど、完売してしまっていて残念でした。
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