(11)2018年 長崎
小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.11
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予定通り長崎への配転は七月末だった。来てもう三か月になる。空港からリムジンバスで降りたときには夜だというのに蒸し暑かった。坂に密集する街並みのせいか東京よりも暑苦しい街に来たなと感じたが、夏が過ぎて随分気候は楽になった。だがやはり台風や大雨が直撃すればかなり大変なことなるらしい。それに長崎といえば温暖なイメージだが、地元の話を聞けば実のところ冬は結構寒いそうだ。雪も降るという。
私は朝には弱い。だからして徒歩圏の市内の中心部に賃貸マンションを借りたが家賃が高い。部屋自体は快適なのだがキャリアとはいえ今の初任給では負担が大きい。官舎扱いのアパートも紹介はされたが少し遠いのだ。既定の補助は出るが自己都合なので差額は負担せねばならない。それに週の大半は一佐の命令もあって県内あちこちを出歩いている。朝一番に自分のデスクに顔を出すことは殆ど無い。早起きの必要もなく寝に帰るだけならどこでも良いのだ。もっと安いハイツでも探さねば。
そう。国土交通省に出向したとはいえ誰の指示で動いているかと言えば相変わらず太田一佐なのだ。こちらでは歓迎会もなければ今日の今日まで同じオフィスの誰とも飲み会は無論、食事すらたまに昼飯を一緒するぐらいである。ということでせっかくの長崎だというのにうまい店の一つも知らない、ましてや自分で開拓する気にもなかなかなれない。
前に出歩いた帰りに買ってきた大村寿司はうまかった。が、老舗のものは高くて二度と手が出ない。その後イオンで三個パックで298円を見つけた。具や錦糸玉子は少ない目だが十分いける。2パックもあればあとインスタントの味噌汁で晩飯には足りるのだがそれ以降スーパーやコンビニ、ドラッグストアを探してもなかなか見つからない。で、最近のトレンドは空港に立ち寄れることがあれば二階のショップで土産用の五個折りを買ってくる。これなら千円で釣りも来る。まあ長崎に来てからは買い物の支払いはJMB-WAONばかりだが。こちらではワオンは生活の必須アイテムなのだ。
だがこれだけ電子マネーが普及する地域なのに鉄道の大村線はほとんどの区間でJR九州のICカードすら使えない。こればかりは国交省キャリアの強権発動といきたいところだが当然そんな力は今の私にない。路線バスも同様だ。県内四社共通のプリペイドカードはあるのだが全国の交通系カードは使えない。まあこちらの方は近々対応する予定だとか。
こちらに来てからも出歩く以外は以前と同じ紙とにらめっこの毎日だ。とにかく「県内の観光名所や旧跡を片っ端から回れ。」というのが太田一佐の指示だ。ただそれだけだ。必要とあれば地元の教育委員会を訪ねることもある。さすがにその時だけは県庁観光課の名刺が役に立つ。肩書も一応はキャリアで国交省からさらに県への出向なので「官」が付いている。防衛省での「部員」とは違いたった三月で出世したような錯覚にさえ陥る。一佐の人脈までは知らないが一体どんな手を使えばこんな人事が可能なのだ。もちろん役所関係ならアポは要らない。
ただし自宅もオフィスも紙の山だ。県庁から持ち出したパンフレットや資料、現地の資料室や案内所で貰ったこれまた紙の資料。ググってプリントアウトしたさらにまたまた紙の資料、たった三月で部屋の壁が二面、書棚と化した。ただいずれも公開されている資料なので個人で自宅で保管していようがノープロブレムである。もし歴史マニアの方が私の部屋を見たら泣いて喜ぶに違いない。そしてきっと言う「いい~ 仕事だな~。」と。
仮にそうだとしても私には何のためにこんなことやっているのかさっぱり見当もつかない。とりわけ厄介なのが石碑や記念碑だ。資料で刻文の写しをもらえれば良いがそれが無ければスマホに撮るしかない。それをパソコンで拡大鮮明化しながら文書を打ち込むのだ。古文の知識など全くない。これもググりながらだ。ご想像の通りとてつもなく時間が取られる。で、その後はというとやっぱり紙に出力するしかない。経費の無駄遣いどころか私の信条からすれば環境破壊以外の何物でもない。
そんな中、たまに国交省の仕事もあるにはある。明日は東京からお偉いさんが西九州新幹線の新駅予定地を視察に来るらしい。その出迎えと案内をさせられるのだ。でもまあ大村に行ける。夕方には空港で見送りだからアレを買って帰ることもできる。名前は「大村寿司」ではなく「角寿し」となっているが同じものだ。単に店の屋号か商標の違いだろう。
さて、本業の方だが(今の所属から言えばそっちは本業ではない)、いろいろ愚痴も言いながらも実は最近かなりマニアックにはなっている。たしかに文系の畑違いとはいえとことんあれこれ調べまくるのは楽しい。私のやってきたネットワーク理論に無関係でもない。あちらこちら回っているうちに「ああ、そういうことか。」とつながりも見えてくる。もともとブラタモリも欠かさず見ている私だ。嫌いな世界ではない。そういえば全国版になった桑子さん登場の初回も舞台は長崎だった。春だというのに雪が降っていた記憶がある。
(続く)
※長崎県内バス4社、長崎バス(さいかい交通含む)、長崎県営バス、西肥バス、島原鉄道バス各社はすべて2024年現在、全国交通系ICカードに対応済みです。
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