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事案概要

労働条件を改定するために従業員との間で期間の定めのある新労働契約を締結したことにつき、従業員に動機の錯誤があり右契約は無効とされた事例。

期間満了による労働契約の終了の主張につき、旧労働契約における期間の定めのない労働契約における解雇の意思表示と解すべきであり、心不全による四か月の欠勤を理由とするもので解雇権の濫用に当たり無効とされた事例。

従業員の不就労につき、民法536条2項により使用者に賃金支払義務があるとされた事例。

判決理由

Aの新社員契約締結にかかる意思表示は、その労働条件自体に錯誤はないものの、動機に錯誤があり、右動機は黙示的に表示され、被控訴人もこれを知っていたというべきであるから、契約の内容になったものということができ、そして、その錯誤は、新社員契約による労働条件が、右のとおりAにとって極めて不利な内容で、慰労金をもってしても到底その不利を補填できるようなものではないことに照らすと、右錯誤がなければ新社員契約に応じることはなかったと考えられるから、要素の錯誤に当たるということができる。

そもそも、被控訴人は、定時社員の労働条件の改定実施については、各個人から同意を得るという方針を定めたと主張し、前記認定のとおり、B労組に対しても、店長会議の場で、定時社員に対する店長からの説明を徹底させるとの約束をしていたにもかかわらず、実際には、店長会議において、店長に対し、定時社員に対して労働条件の改定が必要なことについてどのように説明するかについて、何らの指示もせず、C店長自身も、Aに労働条件の改定が必要であることの理由を何ら説明していない。

被控訴人において、真実、定時社員が本件旧契約で勤務を継続する余地があることも念頭に置いて、定時社員に新社員契約締結のための説得をする意思があったのであれば、少なくとも店長会議の場で、どのように説得していくか、どのような資料で経営状況を説明するのが適当かなどについて討議されていてしかるべきであるが、右の討議を何らすることなく、定時社員に署名押印を求めているものであり、右の経過をみると、被控訴人自身、定時社員の錯誤を利用して、新社員契約の締結を図ったといっても過言ではないというべきである。

以上のとおりであるから、Aの新社員契約締結の意思表示は錯誤により無効であるというべきである。

本件解雇に至る事実経過に加え、アルバイトのAが、本件旧契約のもと、被控訴人Y店で担当していた仕事の種類や内容は、同店に勤務している被控訴人の正社員と差異がなかったこと等を併せ考慮すると、Aは、三か月程度(平成5年9月9日から平成6年1月4日まで)の病欠をしたものの、職場復帰が可能な程度にまで健康を回復し、その欠勤の間も、適宜、病状について診断書を提出するなどしていたものであるから、これに対する本件解雇が、合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないものであることは明らかといえ、本件解雇は解雇権の濫用に当たるというべきである。

したがって、Aと被控訴人との間の本件旧契約は本件解雇によってその効力を失うことなく、平成8年4月22日Aの死亡によってその契約関係が消滅するまで、本件旧契約が継続したものと認められる。

Aは平成5年9月9日以降欠勤し、平成6年1月5日就労が可能となったものであり、そうすると、少なくとも、右の平成5年9月9日から平成6年1月4日までの間は、本件旧契約が継続しているとしても欠勤していたものと解さざるを得ないが、Aの勤務期間を併せ考慮すると、被控訴人とC労働者組合との間で締結されていた労働協約の定める私傷病補償が、本件旧契約の内容となっていたと解され、また、C労働者組合の消滅後、定時社員の私傷病補償について被控訴人に具体的な動きがあったことを認め得ないことからすると、労働契約における当事者の合理的意思解釈として、新たな合意が成立するまで、右私傷病補償の定めが通用していたと解すべきであるところ、右の私傷病補償の定めでは、勤続1年以上のAの場合、120日の欠勤期間が認められるから、Aの欠勤した期間である118日は、右の私傷病補償で認められた欠勤期間の範囲内であり、また、右の私傷病補償の定めによって、3か月平均賃金の40パーセントが病気見舞金として支給されることになる。

そして、残りの6割については、健康保険から保険給付があったことが認められるところ、右の保険給付を併せると、給与額の全額が補償されることになるが、新社員契約には健康保険はない。

しかし、本件旧契約にはあった健康保険が、新社員契約での労働条件の切り下げの一環として、これが認められなくなったことに起因するから、Aに支給されるべき賃金額を考える場合、健康保険がないことをもってAに不利に解するのは相当ではない。

したがって、右欠勤期間については、健康保険が存在し、健康保険からの保険給付がある場合と同様に賃金額の全額が補償されるべきである。

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