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長時間労働と安全配慮義務に関する紛争(令和2年6月10日東京地裁)
概要
被告会社の従業員である原告が、被告に対し、原告に対する戒告処分は無効であるとして、不法行為責任に基づく慰謝料の支払を求めるとともに、原告が上司から受けたパワハラや長時間労働について、被告が使用者として適切な対応を怠ったなどとして、使用者責任ないし安全配慮義務違反・職場環境配慮義務違反による債務不履行責任に基づく慰謝料等の各支払を求めた。
結論
一部認容、一部棄却
要旨
本件懲戒処分の対象となった事実関係については、従業員自身も認めているところ、Aは育児を理由として、会社において午後4時までの短時間勤務を認められていた者であったが、その在職中、帰宅後の午後7時や午後8時を過ぎてから、遅いときには午後11時頃になってから、従業員から電話等により業務報告を求められることが頻繁にあったというのであり、その態様や頻度に照らしても、このような行為は、業務の適正な範囲を超えたものであると言わざるを得ず、また育成部長の立場にあった従業員が、育成社員であったAに対し、その職務上の地位の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる言動を行ったと評価できるものであって、パワハラに該当し、そして会社はAの申出を受け、複数回にわたって、Aや従業員に対する事情聴取を行い、かつ従業員がAに対する上記行為を行った理由や背景等として支社長からのパワハラを訴えた従業員の主張に応じる形で、会社内部での事情聴取を行っていること等から、会社による本件懲戒処分は有効であるといえるから、従業員に対する不法行為の成立は認められない。
従業員は、支社長からパワハラを受けたと主張するが、そもそも、これらの事実を的確かつ客観的に裏付ける証拠はなく、また支社長は、毎月定例的に開催されるスタッフ会議において、営業管理職から営業成績や採用数について当月の目標達成状況を確認し、達成の見込みの報告を受けていたこと、支社長が従業員に対し業務報告を求め、従業員がこれに応じて担当する育成社員の営業成績等を含む連絡や報告を度々行っていたこと等の事情は認められるものの、これらが業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えたり、職場環境を悪化させる言動に当たることを裏付ける的確かつ客観的な証拠はなく、かつ従業員から相談を受けた支社長が、従業員に対し、育成部長から営業主任への降格も一つの選択肢であることや育成社員とのFTFの時間を短縮したり、次の日にできることは次の日に回したりするようアドバイスをしたこと等の事情を踏まえると、このような支社長の対応をもって、不法行為法上の違法性を有する行為に当たるとは評価できない。
会社は、遅くとも平成29年3月から5月頃までには、36協定を締結することもなく、従業員を時間外労働に従事させていたことの認識可能性があったというべきであるが、会社が本件期間中、従業員の労働状況について注意を払い、事実関係を調査し、改善指導を行う等の措置を講じたことを認めるに足りる主張立証はないから、会社には、平成29年3月から5月頃以降、従業員の長時間労働を放置したという安全配慮義務違反が認められるところ、従業員が長時間労働により心身の不調を来したことについては、疲労感の蓄積を訴える従業員本人の陳述に加え、抑うつ状態と診断された旨の診断書があるものの、これを認めるに足りる医学的証拠は乏しいが、従業員が結果的に具体的な疾患を発症するに至らなかったとしても、会社が1年以上にわたって、ひと月当たり30時間ないし50時間以上に及ぶ心身の不調を来す可能性があるような時間外労働に従業員を従事させたことを踏まえると、従業員には慰謝料相当額の損害賠償請求が認められるべきであり、会社の安全配慮義務違反による債務不履行責任に基づく慰謝料の額としては、10万円をもって相当と認める。