ティースプーン一杯の水を — 差別と向き合うために小さな声をあげる
アメリカで起こった事件を発端に差別に関する様々な意見や文章を目にするようになりました。私も自分なりに差別について考えてきた経験があるので、今考えていることや思ったことを文章にして残そうと思います。
この文章では差別意識について私が考えていること、また昨今の状況で直接会って対話できない人たちに伝えたいことを記します。
私は被差別部落の血を引いています。
上京して美大に進学し、大学2年生の頃受けた授業で「差別」をテーマに作品を作る機会が訪れたことをきっかけに部落差別について学び直しはじめました。そしてその作品を作った時に初めて部落の血を引いていることを他者に明かしました。
明かしたのちに友人・知人からあからさまな差別を受けることはありませんでした。ただ、二つだけ私の心に残り続ける発言がありました。
それは「部落差別ってもうほとんど無いも同然でしょう?」と「うちの親とか祖父母は部落差別するね」です。
「部落差別はほとんど無いも同然」と感じている人は若い世代には特に多いのでは無いかと思います。育った地域によっては周囲に部落が少なく、自分の中に部落の人を差別する意識がないという人もたくさんいることでしょう。しかしなぜ「無いも同然」と思えるのか。なんとなく、部落差別は遠い歴史の一部だと思われているような気がするのです。
私は友人知人からほとんど差別を受けることなく育ち、学校でも部落民であるということで差別されることはありませんでした。しかし「親や祖父母が差別する」と聞いた時、会ったこともない身近な人の家族は私を差別するのだという事実を認識し、将来自分の身に降りかかってくるかもしれない差別を恐れるようになりました。
2016年「部落差別の解消の推進に関する法律」が施行されました。しかし人の意識というものは必ずしも法律や社会制度の変化に伴って変わるものではありません。幼い頃に見た親や周囲の大人たちの態度、学校での同級生の振る舞い、会社の中での空気感、テレビから流れてくる芸能人の言葉やネットで見かける記事、家庭内での何気ない会話など、身近な環境の方が人の意識の深い部分に関わってくるのではないかと思います。
現在アメリカをはじめ世界各国で黒人差別に対する大規模なデモが起こっており、日本でもクルド人男性が警察から暴行を受けたことに対してデモが行われました。この状況で「何か自分もできたら」と思っている人がいるのならば、私は身近な人と対話して欲しいと思っています。先述の通り私は過去に「自分はあなたを差別しないけれど、親や家族は差別する」という内容の発言を受けたことがあります。家族だから、友人だから、会社の上司だから、目をつぶってきたけれど、言わないようにしていたけれど、「あの人の言動は差別なんじゃないか」。そんなふうに思ったことは誰にでもあるのではないでしょうか。
私はあの発言を受けて以来、時々身近な人に「あなたの家族は部落民に対する差別意識がありますか」と聞いています。ほとんどの人の答えは「知らない」「わからない」です。身近な人の差別意識について知らないまま・わからないままにしておくと、いつか彼らが誰かを差別し傷つける現場に出会すことになるのではないでしょうか。
そのような状況を避けるためにも、どうか身近な人たちと差別意識について話してみて欲しいのです。対話してみて初めて発見する自分や家族の中の差別意識もあるでしょう。少しでも自分の中の差別意識に自覚的になれたなら、振る舞いが変化し、人の振る舞いが変化することによって社会が変化していくことになると思うのです。
私が今回の投稿のタイトルにしている「ティースプーン一杯の水」という言葉は、作家アモス・オズの『わたしたちが正しい場所に花は咲かない』*に収録されているインタビューの中の「ティースプーン教団」についての話より引用したものです。
ティースプーン教団は「目の前で大火事が起こってる時、バケツがなければコップ一杯でも、ティースプーン一杯でも水をかけられれば良い。火に対してティースプーンは小さいけれど、多くの人がティースプーン一杯の水を持ち寄れば状況を変えることができる。」という発想からアモス・オズが平和や他者理解を促すために提案した架空の教団です。(その後2006年にスウェーデンで実際に設立されたそうです)
冒頭でも記しましたが、私が今回この文章を投稿したのは今会うことが出来ない人たちに対話することの大切さを伝えたいからです。身近な人との対話は、きっとティースプーン一杯の水として社会を変える一助となるでしょう。
私も微力ながら、周囲の人との対話や自分なりの表現で、小さな声をあげ続けるつもりです。
*参考文献
アモス・オズ(2010)『わたしたちが正しい場所に花は咲かない』(村田靖子訳) 大月書店.
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