まるさんかくしかくばつ
僕が以前付き合っていた女性は、いま僕の正面に座っている。たこ焼きを食べ終え、テーブルの上に置かれていたもともと三角柱だったであろう厚紙製の広告の筒をいじくっている。
「ぐちゃぐちゃだね。もう戻らんね。」とつぶやいているが、君も共犯だろう。こんな風にいろんな人に特に理由もなく触られ、無残な姿になった元・三角柱に同情した。
彼女はかなり変わっている。発言も行動も突拍子がないし、裏も表もわからない。漫画から飛び出してきたようなおてんば具合だ。ただ僕は、彼女をとても面白い人間だと心の中で評価していた。
話題が尽き、流れる時に身を任せていた。田舎のフードコートは閑散としている。彼女はそれに嫌気がさしているのかもしれない。空気が良くない。
ついさっきまで胸の大きさについて議論したり、青姦する奴の脳内を想像したり、お互いの手の冷たさ自慢なんかで盛り上がっていたのに。他人から見たら、完全にバカなカップル、バカップルだ。
しかしその時に触れた手や、ふとした表情は、僕のよく知るものとどこか違っていて、あの頃のような関係に戻ることはないんだと感じるし、戻したいとも思わなかった。
というより、戻せないのだ。僕が最低最悪な方法で二人のかたちを歪ませてしまったから。
高校一年の冬、そこそこの文量でなかなかの暴言を彼女に送り付け、返事を待つまでもなくシャットアウトするように別れを告げた。最低だ。そっけない彼女の態度と、(内容は忘れてしまったが)不意に零した一言に、僕はなぜか激高し、勢いに飲まれてやってしまった。最悪だ。今の僕なら、いや当時の僕でも絶対こんなことはしないはずだ。
おそらく正気ではなかった。僕たちが出会ったのは小学生の時だったので、一人の女性というよりも、数少ない長い付き合いの人間を失うことを残念に思った。自業自得だ。
しかし、二年後にはあまりにもあっけなく関係は修復された。
『音楽』『バンド』という共通の趣味を持つ僕たちは、高校という狭いコミュニティのおかげか、友人などを介して驚くほど自然に、いつの間にか普通にやり取りを交わすようになり、程よい距離感に落ち着いた。
と、僕は思っていた。
夏、僕は彼女を映画に誘った。もう二人の溝は埋まったと思っていたし、ホラー映画を一緒に見てくれる友人は彼女しかいなかったから。
彼女は快諾し、何のわだかまりもなく、楽しい一日を終えた。あのオーブンの中のように暑い街を、ストレスフリーに2人で過ごすことが出来たのだから、不和なんて無い。
ただ、その日の帰り道、あの事件以来僕のことが嫌いで仕方なかったと彼女は打ち明けた。
ではなぜ誘いを快諾したのか聞くと、怖いもの見たさや話しのネタになるからという理由で、その日実際に会うまで僕のことが苦手だったらしい。
そのイメージは今日一日で払拭されたとも言っていた。正直、意味がわからなかった。彼女のクレイジーさは昔からわかっていたが、改めて相当だなと頭の中でつぶやいた。
彼女と映画を観た日から、僕は彼女のことがさらに分からなくなった。
もともとつかみどころのない人間だが、どの彼女が本当の彼女なのか、彼女の言葉のどこからどこまでが本当なのか、わからなくて不安だった。
でも、一度僕たちの関係は崩壊しているし、今更そんなことはどうでもいいとも思い始めた。ブチャラティが天にちょっぴりだけ許してもらった命と一緒だ。
気を遣って振り回されるのも、無駄だし癪だ。
ていうか、なぜ僕はこんなに彼女を理解しようとしているのだろう。癪だし無駄だ。
楽しければそれだけでいい。
そして冬になり、僕たちはさっきまでスタジオにいた。僕がギターを弾き、彼女がドラムを叩いていた。会うのは映画を観た日以来だ。今回も快諾だった。
やはり彼女は良い友達だ。趣味は合うしユーモアもあるし顔もかわいいし。
音楽をかき鳴らしている間は、きっとお互いの心は裸で、余計なことを考える心配もなかった。
やはり僕たちは良い関係だ。少し歪ではあるのだろうけど。
お腹が減ったので、二人で隣のショッピングセンターに行き、フードコートでたこ焼きを食べた。もう時刻は22時になろうとしていた。話題が尽きてから30分ほど経った。彼女はさっきまでいじくっていた、元・三角柱を復元しようと試行錯誤している。
今度は僕が「無理だね、もう戻せないよ」とつぶやき、それを手に取って、再びぐちゃぐちゃにして席を立った。
帰ろう、お店しまっちゃうよ、と声をかけると、彼女はそうだね、とだけ返し、寒空の下を並んで歩いて帰った。
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