樹木医の解説。根回し。
筆者経歴
緑化コンサル 兼 樹木医。園芸・造園系の大学で学び、今は行政やインフラ企業の緑化を支援をする。/ 東京都などの公園樹木や街路樹を対象に移植の適性度調査などを行ってきた。移植の肝となる根回しについて、正しい知識を紹介するためにこの記事を書くことに。
この記事の目的
Twitter(自称:X)にて、「根回し」という言葉の語源として造園の作業が紹介されていました。それらは、「根回し」と「掘り取り」や「根巻き」を混同し、また根回しの一番大切な目的が見過ごされていると感じました。そこで、造園における「根回し」とは何かを解説します。
解説
1.そもそも
造園の「根回し」は、移植に関係する作業です。作業の流れは以下のようになっています。一般的には③~④のことを移植と呼んでいます(狭義の移植)。
①調査
⇓
②根回し
⇓
③掘取り・根巻き
⇓
④運搬・植付け
2.「根回し」の目的ってなに?
目的を一言で言うと、樹木が移植という大手術に耐え、移植後は人間のサポートが必要な状態から早く自立し、末永く健康に過ごせるようにすることです。養水分を吸収することができる根(細根)は、幹から遠い根の先端部分に多くあるため、移植で根の範囲を狭く掘取ると、細根が失われ、養水分が不足し、枯死や生育不良が発生します。これを防止する為に人為的に細根を再生する処置が根回しです。
3.「根回し」ってなにをするの?
輪っか状に溝を掘り、露出した太根の皮の一部を剥ぎます。またはスコップ等で根を切断します。その後、良質土で埋め戻し、1年から2年ほど経過するのを待ちます。こうすることで、皮を剥いだ場所や切断した場所から細根が再生します。木の幹の近くに細根を再生することで、移植の際にコンパクトに掘取ることが可能になります。時間がかかるものですから、建物の再建築を含む再開発工事の場合、全体の工事日程から樹木の根回し期間を確保できるかが実務上の大きな問題となります。
なお、専門的には下記のように説明されます。
4.移植と「根回し」のまとめ
ここまで見てきた通り、根回しの目的は、樹木が移植に耐え、移植後に自立して末永く健康に生育できるようにすることです。作業の目標は細根を再生させることです。その為に根の皮を剥いだり根を切断します。移植作業の省力化または円滑化のために、予め邪魔な根や太くて切断が大変な根を切っておくという事ではありません。方法によっては多くの根を切断しますが、目的はあくまでも細根の再生です。
なお、移植の邪魔になる根を切断する作業は「掘取り」ですし、輸送中に、掘取った樹木と土が崩れないよう、また根が乾かないように「こも」などで巻き締める作業は「根巻き」です。
5.比喩としての「根回し」
コトバンクによれば、比喩として用いられる「根回し」の意味は下記のとおりでした。有利、事前にといったところは造園用語から連想できますが、元の言葉に含まれていた、長期的に良い状態に持っていく(移植後に自立して末永く健康に生育できる)という目的は明確には読み取る事はできません。
6.Xで見たことへの雑感
Xでは、ビジネスにおいて、決裁権者が最後に承認すれば物事が進むように事前に障害を取り除いておくことや、周囲をがちがちに固めて邪魔が入らないようにする行為の語源として「根回し」という言葉が紹介されていました。また、掲載された図のひとつは「根回し」途中で根を切断した状態のものでした。これは「掘取り」をミスリードする図だと思います。もう一つは「根回し」ではなく、掘取った後に「根巻き」がされた写真でした。おそらく「根回し」の目的や移植の各工程が理解されていないのだと思います。まぁ、こんなマニアックな話、造園職でもなければ無理もないのですが。
Xでの使われ方は、専ら目の前の障害を排除するという意味に思います。「根回し」本来の目的である、長期的に良い状態に持っていくための作業を連想するものではありません。どうしてか、比喩としての「根回し」にはこうした後ろめたい用例が多いです。元来の根回しは、移植を成功させるという切実な要求以外に、人間の樹木に対する労わりや思いやりといったやさしい気持ちがベースにあるものです。それが、排除や効率とばかり結びつくのは樹木医として寂しいです。もっとポジティブな使われ方がするといいのですが。