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わたしが、わたしを愛せたら。

ああ、今日はもう何にもできない...ぐったりしてしまう自分に、なんでもっとがんばれないの!と怒ることをやめた。

よく考えれば、「わたし、褒めて伸びるタイプなんです!」と周りに宣言しておきながら自分には叱り続けるって、矛盾している。


24時間365日。有限な時間をいっしょに過ごす大切なひとたちは、家族、友達、恋人、同僚とさまざま。それでも、誰よりずっとずーっと側にいるのは、紛れもない自分自身だ。


わたしが「わたし」を見ていないときなんて、ない。


褒めて伸びるタイプなら、なぜそれを人に任せて放っておくのだろう。誰に褒められなくても誰に愛されなくても(そんな人いないけどね!)自分が人からされたい扱いを、自分がかけてほしい言葉を、自分が受け取りたい気持ちのこもった想いを、わたし自身にたっぷり注いであげたらいい。

そんなのできない..自分に自信なんてない。どうせ自分なんて...。そう思ってるうちは、結局のところ誰かにどうにかしてもらおうという図々しさと、自分で道をつくっていく覚悟がないだけで。

誰に何を言われても「わたしはわたしを幸せにする」覚悟があれば、自信なんであろうがなかろうがどっちでもいいのだ。人は関係ない。わたしがどう思うか。その答えだけに責任と覚悟を持つ。


人に愛されたいとばかりでは、なにも残らない。


わたしはわたしに、愛されてるだろうか。
自分自身からたっぷりの無償の愛を、注がれてるだろうか。


いくら誰かを愛しても、その愛が嘘でなかったとしても、本気でも、一生懸命でも。自分を愛することをさぼったら、相手もわたしを愛することをさぼる。

愛されたいから、好きになるわけじゃない。
愛したいから、好きになったはずなのに。

そんな結末はあまりに悲しい。


何が起ころうと、何を言われようと、傷つき、喜び、悲しみ、楽しみ、そのすべてを受け止める「心」は年中無休。脈々と波打つ感受性は、今この瞬間も、世界に色を染めようと懸命にあり続けてくれている。

どんな自分でいたいのか。どんな日常を過ごしたいのか。

それを決めるのは、家族でも友達でも恋人でも会社でもない、「わたし」。逃れられないわたしと生きていくとは、自分の中に「居場所」を持てるかどうか。自分を愛し孤独を生き抜ける人。たったひとりで、もうひとりの自分と手をとって生きている人。


そんな人はきっと、いや絶対に、

魅力的だ。


自分に愛を注ごう。

人を愛するのは、それからだ。


大切な人を大切にするために。
わたしはわたしに、愛を注ごう。

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