ベトナム春巻は、日本の春巻の皮で作るのがおいしい?ベトナム人に教わる精進料理
「ベトナム料理、今度の土曜日に作りませんか?」
ベトナム留学生ドゥックくんのありがたいお誘いで、お寺の裏の台所での料理にご一緒させてもらった。
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ここは、浅草にある浄土宗のお寺光照院の裏の「こども極楽堂」。住職の吉水岳彦さんが中心となり、檀家さんや地域の方々と共に、無償学習支援や子ども食堂など地域の子どもたちの居場所として運営されている。ドゥックくんは、留学生として大学で中国語を学ぶに通う傍ら、吉水住職の元でお寺やこども極楽堂を手伝っている。いつも穏やかで笑顔がやさしい28歳だ。
「普段は子どもたちが大勢来るからいっぱいつくるんだけど」と言いながら、それでもかなりたくさんの持ってきた材料を、机の上に並べだした。ベトナム食材店などに行って、買ってきてくれたのだそう。
今日作るのは、揚げ春巻き「ネムザン」。ベトナムといったら透き通った米粉皮の生春巻きが有名だが、ほとんど同じ皮で揚げ春巻きもよく作られる。
「細くしてください」と私が手渡されたのは、にんじん。千切りピーラーでしゅっしゅと細切りにする。ドゥックくんは5種類くらいのキノコをみじん切りにし、彼の友人ダットくんは乾燥湯葉を戻したようなものを刻み、別の大豆製品とそれから豆腐も崩して投入する。緑豆、こんにゃく、さつまいも...色とりどりの具材を細かく刻んだものが山のようになっていく。本当に、こんなにたくさん大丈夫?
「ドゥックくん、ネムザンは前にも作ったことあるの?」と聞くと、「あるけど、精進のネムザンは初めてだからどうなるかわからない」と、ボウルから溢れそうな具材を混ぜながらにこにこ笑う。
精進のネムザンとはどういうことかというと、ふつうのネムザンは豚ひき肉を入れるところ、ここはお寺なのでお肉の代わりに大豆製品を使っているのだ。実はベトナムはもともと仏教徒が多いので、精進(ベジタリアン)料理がとても充実している。「肉に似せたものやハムのようなもの、"もどき料理"が多くあるのがベトナムの精進料理の特徴ですよ」と吉水住職が教えてくれた。湯葉に厚揚げに豆腐干に、私には違いがわからないような大豆製品がアジア圏には豊富にあるのは、ただ大豆が育つからというだけでなく、仏教文化の影響が深いのだ。日本でなかなか手に入らないものは、ベトナムから運んできた貴重なものを持ってきてくれた。
具材がしっかり混ざったら、今度は包む。
「これで包むんだ」とドゥックくんが袋から出したのは、ベトナムの生春巻きの皮ではなく、見慣れた日本の春巻きの皮。それを何袋か取り出した後、一応これもあるけどとねという手つきでベトナム生春巻きの皮(日本語パッケージ)を数袋取り出した。
「ふつうはベトナムの生春巻きの皮を使うんだけど、日本の春巻きの皮の方がおいしいと僕は思うんだ。冷めてもパリパリしているしね。ベトナム人の友人たちもこっちの方がおいしいって言ってるよ!」
横で頷くダットくん。せっかくだからベトナムの皮で巻きたいという顔をする日本人たちと、日本の皮の方がおいしいと盛り上がるベトナム人たちと。不思議な感じになってきた。しかし、彼らが日本で見つけたおいしさも体験してみたいし、とにかく両方作ってみることにした。
住職やお寺の尼僧さんも加わり、ドゥック先生の指導のもと皆で包む。まずは日本の春巻きの皮から。春巻きの感覚で具をたっぷり入れたら、多すぎだと怒られた。ネムザンは、一口サイズに仕上げて何本も食べるものなのだ。しかし横を見ると、ダットくんは私以上にたくさん具を入れ、皮が破けて苦戦している。彼らも、料理をするようになったのは日本に来てからのこと。ベトナム人だからといってベトナム料理はすいすいというわけではない。ネムザン作りに関しては日本人の私と同じくらいたどたどしくて、なぜだかうれしくなった。
日本の春巻き皮がなくなったら、次はベトナムの生春巻きの皮。ベトナムのは、一度水にくぐらせてやわらかくしてから包む。次々と並んでいく。
全部包み終わったら、今度は揚げる。揚げると言っても、ごくごく弱火。「ゆっくり揚げることで、カリッとするんだ」と言うけれど、しかし10分経っても第一弾が揚がらないし、量が量だけにもどかしい。「もういい?」「まだ?」「そろそろ?」を連発する私に、最初は「まだまだ」と言っていたドゥック君も、「もういいよ」と苦笑いしながら許してくれるようになった。
揚げながら、ドゥックくんは、学校のことや日本に来た理由を教えてくれた。
「ベトナムの外で学びたかったんだ。日本の教育制度を受けてみたかったし、それに日本の文化、仏教や漫画に興味があった。」
彼は平日は大学で学び、アルバイトをし、学校と仕事で忙しいけれどもその合間にお寺の手伝いをしている。
「仏教に興味があるの?将来お坊さんになりたいの?」と聞いてみる。ドゥックくんの返事は、意外だった。
「仏教の思想を自分の中に持って生きていきたいんだ。それは僧侶になるとか仏教の道に進むとかではなく、生きていくための"考え方"だと思うんだ。」
ベトナムは元々仏教徒が多い国だが、ドイモイ政策を経て近年「無宗教」を自認する人が8割にのぼるという(外務省公表値)。しかし、宗教とは別に信仰というものが認識され、大事にされている。彼の目を通して教えてもらったのは、仏教は決して超越者への信仰や究める道ではなく、誰もが身を寄せることができるひとつの"拠り所"であり"考え方"だということだ。ドゥックくんのやさしさ、惜しげなく物を与えてくれようとする様子は、そんな彼の生き方そのもののように思えた。
揚げ続けること数十分。終わりが見えてきた頃、「デザートのチェーも作りましょう」と言って、緑豆やココナッツミルクを取り出した。チェーとは、屋台などでも定番の、パフェや汁粉のようなベトナムスイーツだ。屋台のチェーにはいろんな種類があるけれど、家で作るもっともベーシックなものは緑豆チェーだという。緑豆は、彼が家で蒸して持ってきてくれた。
チェーを作りながら、ドゥックくんは始終動画を撮っている。Tiktokかと思いきや、今日来られなかった日本人の友達が作り方を知りたいと言っていたから送るのだそうだ。どこまでもやさしい。
おかげで私もレシピが書けました。
すべての料理が出来上がった。ネムザン、米粉麺のブン、生野菜、それにデザートのチェー。ブンも野菜もチェーの材料も、すべてドゥックくんが買ってきてくれたのだ。こんなにたくさん...
精進のネムザンは、大変においしかった。豆腐の甘みにキノコ類のうまみ、じっくり加熱された野菜の甘みが加わって、肉の有無のことなんて忘れるくらいおいしかった。皮がちょっとしんなりしてしまったのは、私がせっかちに引き上げてしまったから。日本の皮とベトナムの皮のものを食べ比べて、「日本の皮の方がパリパリでおいしいでしょ!」というベトナム勢と、「やっぱりベトナム皮の風味がいい」という日本勢と、好みは平行線。お互い自分にないものをおいしいと感じるのだから、人間は面白い。
食事を進めながら、就職の話になった。日本文化や日本食が好きと言っていたドゥックくんの顔が急に曇る。「ビザ(就労ビザ)が、なかなか厳しいんだ。大学を卒業していないとビザが出ないし、大学の専攻と異なる仕事ではビザがおりない」。
日本に住む日本人は、大学の専攻と就職が異なることなんて当たり前だ。むしろその方が多いくらい。しかし"外国人"はそれが許されず、そのためにコロナ禍で仕事を失った人の再就難しくもなっている。ドゥックくんの周りにも、仕事を失って困窮している人が多くいるという。
そんな日本の現状を知り、言葉を発することもできず考え込んでいたところ、吉水住職の携帯が鳴った。夜のパン屋さんという、ビッグイシュージャパンが手がける事業の方からの電話だった。同店は、売れ残ってしまいそうなパンを回収して再販する仕組みを作っているのだが、コロナ禍で生活が困っている方にパンを無償提供したいというありがたい申し出だったのだ。その話を受け、外国人留学生の窮状をみてきた住職の計らいで、パンはドゥックくんの通う大学の留学生たちに定期的に提供されることになった。
ひたすらに私たちに与えて与え続けてくれたドゥックくんと彼の仲間のもとに、別のところから助けの手が差し伸べられ、私は申し訳ない気持ちが少しやわらぎ内心ほっとしたのだった。