ブルガリアのパプリカ保存食「リュテニツァ」は日本で作れるのか?
リュテニツァは、ブルガリアの家庭の定番保存食だ。パプリカを焼いて、トマトやスパイスと煮詰めて瓶に詰める。
みんなが大好きな味で、口を揃えて「わが家の味が一番!」と言う。ブルガリアの家庭で二日がかりで一緒に作ったのだが、その時間もまた特別だった。
日本でも作れたらいいなあと思い、検証も兼ねて、イベントにして10人ほどの人たちとやってみた。
リュテニツァのことを知って「やってみたいな」と思った方の参考になればうれしい。
なお、現地で教えてもらったレシピはこちら↓
準備
まずは買物。しかし材料からして現地とはちがう。ブルガリアのパプリカは大きくて分厚いけれど、あんなパプリカ日本では見たこともない。でも肝心なのは大きさではなく厚さだと言っていたし、まあとにかくやってみよう。
ブルガリアのパプリカは手のひらより大きい
準備をすすめる中で、いくつか発見と苦労があった。
【準備①】パプリカは意外に高い
リュテニツァづくりに欠かせないのは、なんと言ってもパプリカ。それも大量に必要だ。
ブルガリアでは、畑で採れてとれて仕方ない旬のパプリカを使う。日本でいうと夏のきゅうりや冬の白菜のような感覚だろうか。市場で売っているものはキロ100円くらいと激安だ。
一方日本では、パプリカはアボカドやレモンと並べられるおしゃれ野菜で、値段も高い。東京のスーパーでは1個150~200円が相場で、キロに換算すると1,000~1,300円ほど。なんと現地の10倍以上の値段がする。そもそも売られ方からして「キロ」ではなく「個」なのだから、大量に焼くのも躊躇する。
一つ一つビニールに包まれたパプリカを前に、食べ物って土地に根付いたものなんだなあ、とのんきに感心する。
【準備②】どこで買えばいいのか
確実にあるのはスーパーだ。しかしせっかくならばおいしいパプリカを使いたいし、大量なので安く買いたい。
安いと言ったらネットスーパーか産直。しかしネットスーパーは箱買いできるものの割安にはならず、むしろクール便になるため一層高くつくことがわかった。
産直はパプリカが"あれば"新鮮で安いけれど、探した範囲ではなかなかなくて、ようやく見つけても概して小ぶりだ。
そもそも日本のパプリカの9割は輸入物で、のこり1割も大半は大規模農場で生産されている。産直に並ぶのはトマト農家さんなどが畑の片隅でつくっているもので、リュテニツァづくりに必要な量はまかなえない。
【準備③】国産と輸入物どちらがいいのか
何軒かのスーパーを訪れたが、パプリカはかなりの確率で韓国産。国産もその横に時々あるが、9割輸入とはそういうことだ。
野菜はなんとなく国産がいい気がする。でも並んでいるパプリカを見ると、韓国産の方が圧倒的に肉厚で大きく、値段も安い。「パプリカ選びで大事なのは肉厚なものを選ぶこと」というブルガリアのお母さんの言葉を思い出し、国産と輸入物とでしばし迷う。
結局、2軒のスーパーをはしごして、安くはないけれど10人でわれば大したことないしと割り切って8kg(50個)のパプリカを買った。国産と韓国産を半々で。これでも現地でつくった時の半量だ。もちろん、一人ならもっと少なくして4個くらいでやったっていい。
リュテニツァ作り当日
美しい秋晴れの日曜日。葉山に10人ほどの人々が集まった。単身も、親子連れも、カップルも。ブルガリアのリュテニツァづくりは、パプリカが旬を迎える秋口に一家総出で行う。そんな家族行事を日本で知人と集まってやるのは、なんだか不思議な感じだ。
現地から持ち帰った5つの家庭のリュテニツァを試食し、そのおいしさと家庭の味の違いを体験して胸膨らませる参加者を前に、ちゃんとできるのか急に不安になる。
しかしみんなで作ればなんとかなる。作る中で、色々発見あった。
【発見①】ホットプレートよりは魚焼きグリル
今日の会場は、友人宅の小さな庭。現地では家の裏で火をおこして鉄板で焼いたけれど、ここにはBBQセットの方がふさわしい。庭にセットして焼き始めた。
しかし外でやるのは大掛かりだ。どこの家庭でもできるわけではない。
今回は検証も兼ねているので、台所の設備でもできないかと考え、魚焼きグリルとホットプレートに白羽の矢が立った。
パプリカ焼きで重要なのは、まっ黒焦げになるまで焼くこと。
半割にしたパプリカを魚焼きグリルで焼くと、けっこうしっかり黒焦げになる。上面に比べて側面が焼けにくいが、上手に回せばちゃんと焦げる。閉ざされていても熱源は火だ。
ホットプレートはいまいちで、時間がかかる割に黒焦げにならない。丸のまま焼けるし火は通るのだが、鉄板温度が制御されているため焦げるほど熱くなれない。
ということでパプリカまっ黒焦げには魚焼きグリルに軍配が上がった。
(ちなみにオーブンもホットプレートと同じで、両方ともしっかり甘みは出るのでNGではない。香ばしさは足りないけれど。)
【発見② でもやっぱり直火はすごい】
魚焼きグリルは優秀だが、でも直火焼きにはかなわない。鉄板の上でくるくる回すことでいびつな形のパプリカもまんべんなく焼けるし、なにせ香りや音がたまらない。重低音から高音に移り変わるパプリカの歌声は、魚焼きグリルでは聞こえ得ない。鉄板の上のパプリカに耳寄せて、初対面の人たちとも話が盛りあがる。食べ物の感動って、単純でいい。
【発見③ 国産よりも輸入物が向く】
これは意外だった。リュテニツァづくりには高い国産より安い輸入物がよい。国産は皮も果肉も薄くて焦げやすいのだ。真っ黒になるまで焼くと、表面の皮だけでなく中まで焦げて、何も残らなくなってしまう。肉厚がよいというのはこういう理由だったのか、とはじめて理解した。昔から言われてことには、ちゃんと理由があるのだ。
【発見④ トマトはトマト缶で代用できる】
現地では生食しておいしいトマトではなく、固くてゼリー分の少ない加工用トマトを使っていた。こちらの方が水分が少なく、煮詰めるのに向く。
日本で売られているトマトは大半が生食用で、特別甘くてみずみずしい。加工用ならばトマト缶でよいのではと思い買ってみた。特に問題もなく作れて、安くて簡単だったので、トマトは缶詰がよいように思う。いちばん大事なのはパプリカだから、トマトはそれくらい気を抜きたい。
【発見⑤ 1日でできる】
できなければそもそもイベントとして厳しいのだが(笑)
この日は、昼くらいに集まり、焼いて煮詰めてリュテニツァを作った。やはり手が多いと作業も早い。話しながら食べながら、開始から3時間後には瓶に詰めていた。
時短ポイントは蒸らし時間。現地では2日がかりだったのは、焼いたパプリカを鍋で一晩蒸らしてむきやすくしたからだ。一晩置かなくてもむきやすくなっていればよくて、粗熱がとれているくらいで十分だ。最後のパプリカが焼き上がる頃にははじめのは簡単にむける状態になっていた。
【発見⑥ 日本製リュテニツァはブルガリアのより甘い】
出来上がったリュテニツァをクラッカーにのせて食べてみた。
一口目で「あの味がつくれた!」と感動した。二口目で現地のものより甘みが強いと気づく。
リュテニツァの主成分はパプリカなので、味の違いはパプリカの違いだろう。
日本で売られている野菜は概して甘い。トマトが好例だが、生食を前提としていることもあり、水気が多く甘い。そんなパプリカで作ったリュテニツァは、ブルガリアのとはひと味違う。どちらがよいということでもなく、これが日本のリュテニツァで、土地を写した違いが楽しい。甘いリュテニツァは和食に合うし、フルーツジャムのようにヨーグルトにも合う。同じように作ったのに、日本の食卓に馴染む味に仕上がった。
結論:日本でもリュテニツァは作れた。
8kgのパプリカから、3L (200ml瓶x15くらい)ほどのリュテニツァができた。
作り方の仔細は現地と違うこともある。でも楽しい時間とおいしさは変わらない。日本でも作れた!と一同安堵した。
そもそもなぜこのイベントを企画しようと思ったかというと、リュテニツァの魅力はレシピだけでは伝えきれないからだった。一緒に仕込む楽しさ、食を紡ぐ充実感、を伝えたかった。こういう時間を通して、食から広がるそんな楽しさを共にできたらよいと思う。
帰り道にふと、この楽しさはなにも高いパプリカを買わなくても得られるのではという思いが降ってきた。味噌作り、梅仕事、餅つき。人をつなぐレシピや年中行事って、実は日本にも昔からある。国を超えてきっと、食作りが大切な人たちの縁をつなぐ役割は普遍だ。
さいごに
「なんでこの人とこんなにパプリカに情熱燃やしてるんだ」というくらいピンポイントな記事になってしまったけれど、この記事が「今度リュテニツァつくりたいな」と思ってくれた方の参考になればうれしい。
そして、リュテニツァづくりを通して、身近にあるリュテニツァ「みたいな」素敵な食べ物・文化に気づけたらいいなと思う。
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