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わたしの放浪記(4) 〜始まり〜

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前回の旅から2週間後、8月7日当日の朝を迎えた。

前日から楽しみで寝られないほど今回の旅を特別なものだと捉えていた。

わたしは髪を整えながら、気づいたら脳裏に流れてきた歌を口ずさんでいた。

それは小学生の時に音楽の授業で習った宝島という曲だった。

さあ行こう 夢にみた島へと
波をこえて 風にのって 海へでよう
行く手には みんなまだ知らない
ふしぎな 昼と夜とが
待って いるだろう

いつも信じよう まごころを
勇気をむねに すすもうよ
ただひとつの あこがれだけは
どこのだれにも けせはしないさ

町田義人「宝島」
作詞:岩谷時子 作曲:羽田健太郎


この曲、当時家でも口ずさんでいたほどお気に入りの曲だったけど、もう随分と思い出すこともなくなっていた。
しかし十数年たった今になって突然口ずさんでいた、確かに今の私たちピッタリな曲だと思った。
わざわざ幾多の記憶の中から引っ張り出してくる自分の脳みそに驚きつつ、それほどに心が弾んでいるのだなぁと自覚した。

そんな調子で準備を終えて出発した。

目指すは小さな湖のある町、どんな出会いがあるのか何を感じるのか、少し先の未来でさえ全くわからない状況はわたしにとっては自由そのものだった。

まっさらなキャンバスに何も描かれていない瞬間のトキメキを味わっていたので道中は心ここに在らずだった。

新幹線と電車を乗り継いでお昼すぎには目的の町に着いた。

乗っていた一両編成の電車からホームに降り立った。
電車が1時間に1本あるかないかの小さな駅には人っこひとりいない。
ギラギラと照りつける太陽と広い空、虫の鳴き声がわたしに遠くまで来たことを教えてくれる。

駅を出て線路沿いに歩いて目的のゲストハウスを探していると、道沿いの古民家の窓から人の話し声が聞こえてきた。
話し声の方へ近づいていくとゲストハウスの看板が見えた、この建物がわたしの探していた場所だった。

その窓の少し隣に入り口があり、大きな玄関口を入ると左側にすぐカウンターになっている。
カウンター奥には調理スペースがあるようで、その調理スペースの向こう側にはカフェのような空間が広がっていた。
さっき外から聞いた話し声はそこから来ていたようだった。

カウンター越しに声をかけると調理をしていた若い男性のスタッフが受付をしてくれた。
大きい目にひょろっとした体型で、畑作業でもしているのだろうか、毎日太陽の光を浴びているような深い褐色の肌が印象的だった。
見た目も、纏う柔らかい雰囲気も都会ではあまりみないタイプの若者に思えた。

わたしが手に提げていた、タイのネットバックをかわいいですね!と褒めてくれた。

こういうやつ

単純に褒められてうれしかった、この感性をわかってもらえた〜という嬉し恥ずかしい気持ち。

受付を終え、館内の説明を簡単にしてもらってすぐに自分の部屋に向かった。

昔懐かしい古民家でかなり古い感じがしたけど清潔感があった。玄関をあがってすぐ左にある急な階段を上ると、わたしの泊まる部屋はすぐ近くにあった。

位置的に玄関から見えたカフェスペースの真上らしく、古い建物なので下の階の話し声もよく聞こえた。
スタッフと常連さんなのか、ゲストハウスならではの親しげな雰囲気に勝手にアウェイな気持ちになりつつも、とりあえず宿を出て散策することにした。

この町の下調べをしていて一つだけ行こうと決めていた場所があったので、そこに向かうことにした。

その場所以外特に何も決めなかったのは気の赴くままに過ごす方が起こるべきことが起こるような気がしていたからだった。

行きたいと思っていたのは移住者の店主が切り盛りしている小さな本屋さんで、宿から歩いて10分ほどの場所にあった。

手作り感満載の可愛らしい本屋さん、思ったより小さな店内でこの小ささは嫌でも店主と会話する流れになるかも…と緊張してきた。

扉を開けると両側の壁に本棚、真ん中には背丈の低めの本棚同士が背中合わせに置かれている。
そのスペースの奥にはドリンクが飲めるスペースと、奥のほうに店主がお客さんと話しているようだった。

そして、手前の本棚のあるスペースに男性のお客さんがいたのだが、年齢は40代くらいだろうか?髭が生えていてメガネをかけていて、やわらかい雰囲気を纏っている。
歩いているのにふわふわ浮いているような印象が今でも強く残っている。
なぜか気になる、その人の存在によって本屋さんを楽しむどころではなくなってしまった。

あれ?今わたしがいるの令和だよね?と訳のわからない確認を頭の中でしていた。

その人は着の身着のままで、本当に飾り気のない雰囲気があった。
人の目線が嫌でも気になり、何をするにも敏感になっている今の時代には似つかわしくない存在というのか…

だんだん、なんだか怖くなってきた。

なんとなく昭和にタイムスリップしたような不思議な空気に包まれそうで、自分が今どこにいるのかも忘れそうになるようなこれまでにない種類の恐怖心が芽生えて、関わっちゃダメだ!と慌てて本屋を出た。

私が一番行きたかった本屋さん、まさか変なお客さんのせいで全然ゆっくり見れなかったのだ。
そういえば髭の人のとなり小太りで丸メガネをかけた坊主のおじさんも視界にチラッと入っていて、その人もまた独特の雰囲気を醸し出していてダブルパンチでくるもんだから余計に刺激が強かったのかも…と思ったりもした。

普段みないような雰囲気の人たちばかりで本当に不思議な町だ…。
だけど、都会で感じるような人の圧とかそういうのは無くて屈託のなさを感じていた。
むしろその剥き出しな屈託のなさが、建前と忖度に溢れる社会に慣れてしまった私にとって未知に感じたのだろうか。
挨拶に天気の話をしてから当たり障りのない話で自分を隠すようなやり方はここでは通用しないような気がしていた。

本屋さん再チャレンジの機会は、まだあと2日もあるので大丈夫だと自分を鼓舞しながら泣く泣く退散した。

この後も髭の男性に遭遇することになるなんて思いもしないわたしは呑気に地域で愛されているお風呂屋さんへ向かった。