わたしの放浪記(7) 〜語り明かす夜〜
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お腹も気持ちも満たされて、店内を出た瞬間声をかけられて、あまりに不意打ちだったものでぺこりと頭を下げることしか出来なかった。
お店を出たところで店内にいる3人を見つめる形になった。
髭の男性が「何泊するんですかー?」と聞いてきた。ずいぶん前から友達だったみたいな聞き方だった。
聞かれるがままに「あと一泊します!」と反射的に答えた。
「そうなんですね〜」「では、また!」そんなやり取りでカレー屋さんを去った。
たまたま同じ時間にこの隣町のカレー屋さんに居合わせるなんて…、良く考えたら昨日の本屋さんと夕食の時そして朝食と、あまりにも鉢合わせが多い。
小さな町とはいえ、初日に受付で出会ったスタッフの人とはあれ以来会ってない、2度も鉢合わせた人は彼ら以外いない。
不思議なことがあるものだなぁと思っていた。
その後しばらくしゲストハウスに戻り、昨日と同じ銭湯に入った後夕食をカフェラウンジでとっていた。
今朝座った窓際の2人がけの席で注文したご飯を食べていると、宿泊部屋に繋がる方の扉が開いた。
また、髭の男性だった。
今回は、いつもペアで行動していた丸メガネの男性がいない。
こちらの方に向かって歩いてきて、彼は近くの椅子にかけた。
あぁ、これは話さないわけにはいかないんじゃないか。お昼にも声をかけられているし向こうには相方がいない、考えなくてもそういうシチュエーションだと悟った。
そう覚悟を決めた時、「ここは初めてですか?」と向こうから声をかけられた。
初めてであること、ひとり旅に至った経緯なんかを簡単に話した。
その人は、体ごとこちらを向き本格的に話を聴いてくれるようだった。
私の言葉を聴きながらも、言葉ではなく心の音を拾われているかのような不思議な感覚だった。
心の奥深くを見透かされているような落ち着きのない感覚になっていた。
私が何を感じていてどういう事に引っ掛かっているのか、うまく言葉にならないながらも話が止まらない。
彼は40代半ばだという推測が大きく外れて、32歳だった。髭のせいかずいぶん落ち着いてみえた。
彼は3歳児の男の子と山奥の田舎で暮らしていてこの旅行期間は奥さんに預けていて、その奥さんとは今は別居中らしかった。
一緒に旅をしていた男性はSNSで出会った知り合いで、今回の旅で会うのは2回目だということ、そうして今その男性は体調を崩して部屋で寝込んでいるのだそうだ。
私はこの町に住みたいと思い始めていることも伝えて、仕事をやめてここで本格的に仕事を探そうとしている、というようなニュアンスを伝えてみた。
真面目に考えていたわけではないけど、昨日と今日この町で過ごしてみて住んでみたい気持ちになっていた。昨日マスターに太鼓判を押してもらえたのも大きかった。
彼には私のこの町に住んでみたいという言葉は届いていないか、華麗にスルーされた。
彼のガラス玉みたいな見透かすような目が少し怖い。だけど、聴いてほしいという気持ちも湧いてくる。独特な人だった、失礼かもしれないけど例えるならオネエ系の男性に感じる喋りやすさだと言うと伝わるだろうか、男性らしさではなく包み込むような女性性で柔らかく面白おかしく共感たっぷりで聴いてくれるのだ。
しばらく話をしているうちに、彼は何度か今息子と住んでる田舎町もいいところだから一度来てみるといいよ、なんて言い出すのだ。
不思議に思うけれど、見知らぬ男性に異性として見られているような不快感は一切なかった。
中性的な雰囲気があるからかもしれないけど、性別を超えて人として話をしてくれてるような安心感がある。
だけど、え?行かないし!私はこの町が気に入ったし、なんであなたの住むところに遊びに行かなきゃいけないんだ?と内心は思っていた。
その後もうちに遊びにおいでよ、というニュアンスが何度かあったが適当に相槌をして流した。
少なからず警戒心を抱いていた私はガードするように接しながらも、それにしても彼の話の聴き方や話し方に持って行かれ気味だった。
気づいたら2時間ほど話し込んでいてカフェラウンジが閉店の時間になった。
当時、漢方を飲んでいたので共用キッチンにお湯を沸かしに行くと言うと、彼がキッチンを案内してくれた。
お湯を沸かしながらまた私の人生の話になる。
何が嫌でどう葛藤しているのかをなんとなく伝えていると、しばらくしてお湯が沸いた。
漢方薬を飲もうと思うものの、なぜか彼は前のめりに対話を続けてくる。
そんな時、ふと私の葛藤の中心、価値観の核となるようなものの片鱗が言葉となって出てきた。
彼はするすると話を引き出してくれる。
こんなに深い自分の内面の話を誰にもしていなかったから話せることに心地よさを覚えた。
そういえば今までも自分の悩みや考えている事を誰かに話しても「色々考えててすごいね〜」だけで終わってしまい、私が掘ってきた深さ以上の先を一緒掘り進めてくれる人が現れたことがなかった。
コーチングをやっている人に、1万円でコーチングを頼んでも「よく整理されてますね、あなたはこの調子で大丈夫ですね!」なんて言われたことがあった。大丈夫だったらコーチング依頼してないのになぁ、と思いつつも、そりゃアホほど自己分析してきたから、私以上に私のことを自己分析が出来る人はいないのだと諦めてすらいた。
これまで自分の抱えているよくわからないモヤモヤをどうにかしたくて藁にもすがる思いで、この人なら!と思う人に力を貸してもらおうとしたけど、どの人も私のまだ掘り進めたことのない領域を提示してくれる人はいなかった、その度に何度も裏切られた気分になっていた。
ところが、彼は何かが違う。
そんな予感があった。
沸かしたお湯がぬるくなり始めた頃、「ここだとあれやから、ちょっと外出て散歩しながら話さへん?」彼はそんな提案をしてきた。