知ろうとする大切さ
運営スタッフをしている共創コミュニティSUSONOで、8/29に佐々木俊尚さんと写真家の幡野広志さんのトークイベントを開催します。
(ビジター枠あります。詳しくは下記をご覧ください)
このイベントに先駆けて、SUSONOメンバーと幡野さんの書籍の読書会を開催しました。
お題の本はコチラ。
読書会の感想や思いを忘れないように、備忘録として残してみようと思います。
++よく知らなかった多発性骨髄腫のこと
幡野さんは血液のがんで余命宣告を受けている。
そのことは知っていたけど、具体的な病名と、その病気が辿るであろう経過は全く知らなかった。
どのがんも抗がん剤の治療が苦しいということはおぼろげに知っていたけど、苦しいの内訳はよくわかっていなかった。
詳しくは割愛するが、物理的な痛みがひどすぎて死にたくなるらしい。
更に病気の経過として、末期は壮絶な吐き気で胆汁まで吐き、骨がスカスカになって、寝ていてもどんどん骨折していくという。
穏やかな闘病生活を送るには緩和ケアが必須だけど、末期まで来るとモルヒネなどではどうにもならず、鎮静剤によって意識レベルを下げるセデーションという方法で痛みを取るしかないのだという。
そして、セデーションは日本では本当に死の直前しか行われない。
なぜならセデーションは安楽死の問題と密接なので、日本ではまだ議論が発展途上だから。
ということは、今のところつらい時期というのは絶対に避けられず、限界ギリギリまで耐えなければいけない。
(注:私が本書を読んだ意訳なので、実際にはもっと色々な方法やケースがあるかもしれません。あくまで私が本を読んだ上での見解で、医学的なエビデンスに基づくものではありません。)
…知らなかった。
がんは日本では多い病気だが、正直家族が罹らなければ闘病記を読む機会もない。
我が家はがん家系ではないので、身近にがん患者がいない。
知人くらいのレベルでは実態を知らされることはないので、そんなにつらい経過を辿るなんて、本当に全然知らなかった。
それがすごくショックだった。
++知ろうとする大切さ
知らないということは、しばしば人を傷つける。
知らなかったのだから仕方ない一方で、仕方ないでは済まないほど傷つけてしまうこともある。
本の中でも度々、幡野さんが事情を知らない人たちの言葉と葛藤している様子が書かれている。
多分、シンプルに何度も傷ついたのだろうと思う。
発言者は良かれと思っていっていたりするから、尚更たちが悪い。
きっと私も、事情を知らないが故に、誰かを傷つけてきただろう。
そう思うと、生きるとはなんと罪深いことか。
出来れば私は、無駄に誰かを傷つけたくない。
でも、世界中の全てを知ることは出来ない。
出来ないけど、あらゆる事柄に「知らない」という可能性を想定すること。
それだけでも、無神経さで人を傷つけることは少しは減らせるかもしれない。
知ろうとすることが、大切なのだ。
私は、そう思う。
(次回に続きます)
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