六畳ワンルームはもう少し狭いものだと思っていた。この部屋を初めて訪れたとき、大家さんのいる前で思わず、狭っ、と口に出してしまうくらいには窮屈に感じたのだ。住めば都と言うし次第に慣れていくものなのだろうと自分に言い聞かせてみるものの、本当にこの部屋で生活の総てが完結するのだろうかと内心不安だった。だが、それは杞憂に終わった。実際に家具やら家電やらを設置してみても、そこまで圧迫されているようには感じない。寧ろ広いくらいだ。今日からここがマイホーム。引っ越し初日で、新生活に胸を躍
金木犀の香りは何処へ行ってしまったのだろう。 保湿剤を肌にまんべんなく馴染ませている時に、ふと思った。瑞々しい液体を手に取って鼻に近づけてみるけれど、さして匂いはしなかった。金木犀香る、肌に優しい保湿剤。そんな売り文句に唆されて手に取った。使い始めた頃は、あんなに芳醇な香りがしたのに。慣れというのは恐ろしい、つくづくそう感じる。だから——慣れたくない、とも思う。 ラフな格好に着替えた後、彼のいる部屋に戻る。 「お待たせ」 そう言うと、彼は私に目配せしてまた視線をパソ
春がやって来ました。翳りを帯びた仄暗い春です。来てほしくなかった。それでも時間は平等を装って過ぎ去り、季節は回ります。あたしはずっと桜の下に取り残されています。ひとりぽっちで。葉桜でさえあたしを孤独にする。悪くない、そう強がってみても、やはりあたしは寂しさを堪えきれなかった。永遠にあたしだけ此方側。手を繋いでいた友人も消えました。今ではもう鎧をつけて誰が誰だかも判別できない敵です。そちらは愉しいですか。あたしを連れて行ってはくれませんか。あたしは誰からも欲されなくて、彼らは