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秋の訪れをじっと「見る」
秋。私の大好きな季節。私の生まれた季節でもある。そんな秋がだんだんと深まっていく日々。
私は秋の訪れをじっと「見る」ことにした。「感じる」だけで通り過ぎるのはなんだかもったいないから、少し立ち止まって「見る」。今年はそんな心の余裕がある気がして秋の心地いい空気を存分に吸い込んでみることにする。
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たとえば、朝の空気。部屋に太陽の光がさんさんと差し込んできてあたたかいはずなのに、窓を開ければひんやりとした風が入ってくる。夏のけだるい暑さとは決定的に違う。
太陽の光はまぶしいほどなのに、風はひんやりと冷たい。こんなものはもう、この季節しか感じられない。太陽の光をぽかぽかと感じながら、ベッドの上でストレッチしたり、コーヒー片手に仕事を始めたり。いつもの、なんでもない日常なのだけれど、なんだかこの空気を纏っているだけで幸せで満ち足りるような気分になる。
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そして、晴れた昼の日。たまらなく外に出たくなって仕事をいったんストップさせて、散歩へ出かける。夏みたいに汗をかかない。暑くて途中で歩くのを止めたりもしない。
ふと立ち止まったときに感じる冷たい爽やかな風が心地いい。まだまだ歩ける。そう思って気づけば2時間歩いていることもしばしば。ああ、この空気よ、ずっとずっと終わらないで、と思いながらも、そんな想いとは裏腹にきっとすぐ凍えるような寒さの日がやってくる。だからこそ、このわずかな秋の時間を存分に味わうために同じ道だとしても毎日歩く歩く歩く。
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田んぼ道を歩いていると、稲刈り真っ最中の景色に出会った。田んぼに水が張られていって、苗が育ち、稲穂が風に揺れて、しまいには刈られて何もなくなる。田んぼって季節の移り変わり、時間の経過をゆっくりと伝えてくれているんだな、と25年間田んぼに囲まれて育ってきたのに初めて思う。ああ、秋真っ最中だな、とこの景色を見て体感する。
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こうやって、毎日同じ道を歩いていると、日々の小さな変化にも気づくようになる。昨日まであったのに、ない。昨日はなかったのに、ある。移り変わり。変化。過程。そんなささいだけど、色濃く残る何かをいつも探しながら歩いている。
たとえば、金木犀。おとといまでこれが金木犀のなる木だということさえ気づかなかった。だけど昨日、ほんの少しだけ花がつき始めていた。「あ、明日には咲くのかな」と思い今日も同じ道を歩いてみると、金木犀の花を見つけるよりも先に、ふわっとあの大好きな香りが鼻をかすめた。
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金木犀の香りが風とともにふわっと漂ってくる、あの瞬間の幸福感たるや。自然と頬が緩んでくるし、じっと香りを嗅ごうと花へ顔を近づけてみたくなる。けれど不思議なことに金木犀の香りを「嗅ごう」としていても、なかなか香りは漂ってこない。何気なく歩いているときに「ふいに」漂うものであるように思う。
嗅ごうと意識をしていなくても、心地いい風とともにふわっと香る。意識をしていないふぬけた瞬間に香るからこそ、より一層色濃く記憶に残る。
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風、香り、空気。そんなつかみ所のないふわふわするもので心地よさを感じさせてくれるから、私は秋が好きなのだと思う。
つかみ所がないからこそ、なんとかこの幸福感を記憶しておこうと、いつもより丁寧に味わってみたくなる。目に見えないからこそ、ちゃんと味わってみる。そうでもしないと、すぐに冬が来てしまうから。「寒くなったな」と感じた頃にはもう、秋は過ぎ去って終わってしまっている。
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ちゃんとちゃんと味わって、見て、感じて。早く過ぎ去ってしまう日々を止めてしまうかのように、じっとその変化を見よう。
明日はもっと金木犀が色づいているんだろうな。そんな日々のささやかな変化を、いつまでも楽しみに過ごしていこう。
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