弥立つ(いやたつ)
三年間通った高校は、家の最寄り駅から30分、さらに降りた駅から10分歩いたところにあった。
八ヶ岳の山梨県側の麓にある学校に向かう間、車窓は町中から山の中へどんどん変化していく。入学式に訪れた母は「毎日が旅行のようだね」とわたしをからかった。
わたしは受かった大学を蹴って予備校に通うことを決めていた。
その予備校に提出するための書類を受け取るために学校へ向かっていた。
昼日中の人の少ない車内、ぼんやりと外を眺めていると、列車の前方から見事な桃畑が流れてきた。
線路に向かって下っている山の斜面に植えられた満開の桃の木で、手前から山の上まで桃色の野原となっていた。
桃源郷のようだった。これほどとは知らなかった。
友だちと話したり、小テストの確認をしあったりで、外を見ることもなかったのだ。
4月からはこうして1人なのだと気を引き締める。
桜は咲かなかったけれど、匂い立つような桃に背中を押された気がした。
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