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アイデンティティってなあに?

ヨーロッパでは日がとっても長くなって、半袖でも暑いぐらいの日が続くようになった頃、イタリアに旅に出た。

旅をしていて、レストラン街とか、お土産を買うためにお店に入ったりすると、優しそうな店員さんが、where are you from?? (にっこり)と話しかけてくれる。フレンドリーだなぁ、と思いながらいつも、ジャパンかコリアどっちを言おうかと迷って、日本の友達といるときはジャパン、韓国人の友達とならコリア、とか、気分で使い分けたりしていた。笑

でもこのときイタリアで旅していて、おなじ質問をされたときにふと、

I'm from Sweden

って言いたくなったのだ。

まあもちろんスウェーデンから旅に来てはいるんだけと、なんかこう、自分はスウェーデンにもゆかりがあるんだって、すごい言いたくなって(10ヶ月くらいだけど笑)、しかも旅先のいろんな場所で、いろんな言語で翻訳が書いてある時に、いちばん初めに探してしまうのは日本語でも韓国語でもなくスウェーデン語だったり、スウェーデンの国旗なんかを見つけるとふと嬉しくなったり、ちょっと街中でスウェーデン語がきこえると、仲間意識を感じたり。うん、仲間意識?

一年間の留学を通して、わたしの中でスウェーデンは、単なる長期の留学先ではなく、とっても大切なアイデンティティの一部になっていた。

約一年間、留学生として過ごして、少しではあるけどスウェーデン語も話すようになって、スウェーデン人の友達がたくさんできて、大切な思い出がたくさんできて。まるでスウェーデンの両親のように暖かく接してくれるバイト先のふたりにも出会って。生まれ育った場所でも、国籍でもないけど、こうしてスウェーデンはまたひとつの、自分の“ホーム“になっていた。


スウェーデン留学に来る前に、私はよく留学の目的として、

「移民の子供への母国語教育」
「移民の子供が、自分のルーツの文化をどう学んでいるか」

そんなことを学んで、自分の目で、見てみたい、と言っていた。


私自身が朝鮮学校に通って、強く、とても強く、自分の国籍やルーツについて学びながら生きてきたからか、わたしも信念として、ルーツを誇る、とか、ルーツを大事にするとか、そんなことをよく考える。それが自分の大事なアイデンティティになっているとも思う。

でもそんな話を自分のゼミの指導教員の先生にすると、


「そうだね、みりょんの視点は本当にとても大切。でもあなたはヨーロッパで留学をしたら、もっといろんなアイデンティティの在り方を感じると思うよ。もっと世界の人たちの持つアイデンティティは多様だし、流動的だし、ルーツって言っても、ひとつとは限らないからね。」


そんなことを言われたりした。
最初は、なんとなく理解できたけど、でも完璧には理解できなくて、

“アイデンティティの多様性“ってなんだろう。

そんなことを思っていた。
でもほんとにスウェーデンで住み始めて、いろんな背景を持つ友人に出会ったし、いろんなアイデンティティの在り方を見た。

オロフに住んでいて、たくさんの友人に会う機会があって、I'm from Japan but my nationality is Korea, とか、そんな感じで自己紹介をすると、特にそこまで驚かれることもなく、生まれた場所と両親のルーツが一致していない友達なんて数えきれないぐらいいたし、移民してきたんだ〜という友達にもたくさん出会ったし、もう、そんなことはもはや当たり前で、もはやわざわざ言う必要もない。そんなことを感じたりもした。


スウェーデンは、養子縁組がとても多い。見た目で、韓国か日本人のハーフなのかな…?と思ったりしても、話してみると、養子縁組としてスウェーデンで育てられた友達で、そんな友達は見た目こそ自分とおなじ東アジアに近い感じがしても、話してみると完全に、“I'm Swedish “ という感じだ。

そんな経験が積み重なってきて、コリアンレストランで働いているときに、韓国人ぽいお客さんがきても、第一声で韓国語で話しかけることはやめた。

話せるとしても、スウェーデン語の方が話しやすい人もいる。韓国に行ったこともない人もいる。

ほんとに、言葉通りだけど、人を見た目で判断することはできない。


とっても仲良しのスウェーデン人の彼がいる。

彼は、両親はルーマニア出身だけど、両親がまずはじめにアイスランドに移住されて、彼もルーマニアで生まれたけど、小さい頃すぐに両親とアイスランドに引っ越した。
でも幼少期の短い期間だけをアイスランドで過ごしたのち、家族全員でスウェーデンにやってきたらしい。

そんな彼は、アイスランド語も、ルーマニア語も、スウェーデン語も、英語も、そして日本語学科だったから日本語も上手に話す。

そんな彼と、この前Eurovision について話していたとき(ヨーロッパ各国が参加する音楽祭で、どの国が優勝するか順位が決まっていくもの)に、ルーマニアは予選落ちしてしまったけど、まだアイスランドとスウェーデンがいるし、スウェーデンが今年は優勝しそうだからいいわ〜、とか、そんなことを言っていて。


なんか、心の中に3つの国があるっていいなって思った。

もちろん両親のルーツはルーマニアにあるから、厳密に生まれのルーツというとルーマニアになるのかもしれないけど、でも、アイデンティティってそんな単純じゃない。

幼少期を過ごしたアイスランドはどれだけ深く記憶に残るだろう。
両親の生まれの場所として、どれだけたくさんのルーマニアの文化を感じてきたんだろう。
スウェーデンで、どれだけ多くの時間を過ごして、どれだけ多くの友人に出逢ったんだろう。

ぜんぶの記憶が、絡み合ってアイデンティティになっていく。

彼と会話をしているとき、会話の中で、彼は気づいていないのかもしれないけど、As a Roumanian, と言ってるときもあれば、As a Swede,と言っているときもあって、なんか、そういうのって、いいなって思うようになった。

アイデンティティは単純じゃないし、決められているものでもないし、ひとつに決めるものでもない。ぜんぶ大切だし、時にどれかが強くなったり、弱くなったり、同じくらいになったり、なくなったり、新しく現れたり、ふわふわしている。


わたしのアイデンティティも一年間で、すっごくふわふわ揺らいでいた。


スウェーデンもわたしのホームのひとつ、わたしのアイデンティティのひとつだと思いたい。

そんな人々にとって、スウェーデンは、豊かな国だなとおもう。どんな見た目をしている人に対しても、まずレストランやお店で話しかけられる言語はスウェーデン語だし、見た目で決して判断されない。

そんなスウェーデンに住んでいたから、こんなにホームみたいに感じるようになったのかもしれない。わからないけど。


スウェーデンは、来年の春あたり、〇〇や〇〇に会いにこよっ!と、気軽に思える場所になった。(まあお金…笑)
去年、留学直前期は、東京からストックホルムまでの航空券を買うだけでもソワソワして、緊張して、中々便を決められなくて、未知の場所に行くような感覚が怖かったりもした。

そんなスウェーデンにすぐ戻ってきたくて、いまはすでに来年の航空券をちらほらスマホ片手に見てしまうようになった。

好きな人達ができると、その土地はぐっと近くなる。これは日本の中だけじゃなくて、世界中どこにいてもあてはまる。


ほんとにそうだなと思う。


アイデンティティってなあに?

いまわかることは、こんなにたくさんの大好きな人達がいるスウェーデンが、自分の中のひとつのホームとして、大切なアイデンティティのひとつになったこと。




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