イギリスの政権交代
今年7月に行われたイギリスの総選挙では労働党が勝利をおさめ、14年ぶりの政権交代がおこりました。この出来事はどのように理解されるのでしょうか。また日本の選挙を考えるうえで、ここからどのような洞察が得られるのでしょうか。若干の検討を行ったのでその結果をまとめました。
獲得議席数
まずは全体の議席がどれほど動いたのかを振り返るとともに、登場する主要な政党を確認してみましょう。図1に前回の選挙(2019年イギリス総選挙)の議席数を、図2に今回の選挙(2024年イギリス総選挙)の議席数をそれぞれ示しました。
これらの図に登場する政党には様々なものがありますが、今回の議論では労働党、保守党、自由民主党の3つに加え、地域政党のスコットランド国民党と、今回はじめて総選挙に臨んだリフォームUKが重要です。
労働党は二大政党の一方を担う中道左派の政党です。若い世代で支持率が高く、地域的にはロンドン、マンチェスター、リヴァプールなどの都市部に地盤を持っています。代表は前回選挙の時点ではジェレミー・コービン氏でしたが、2020年4月からキア・スターマー氏にかわりました。
保守党は二大政党のもう一方をなしており、14年にわたって政権を担当してきました。高齢者層の支持率が高く、人口密度の低い地方(田舎)に地盤を持っている点は労働党と対照的です。前回選挙の時の代表はボリス・ジョンソン氏で、2022年10月以降はリシ・スナク氏となっています。
イギリスの自由民主党は、日本とは異なり中道左派と評価されるのが一般で、第三の勢力として南部で存在感を持っています。
スコットランド国民党は、北部で主に支持される中道左派の政党です。
そして今回の選挙の鍵となるリフォームUKですが、これは保守党よりも政治的に右に位置するポピュリズム的な政党です。この政党名で総選挙に臨んだのは今回が初めてであるものの、かつて存在したイギリス独立党やブレグジット党の実質的な後継政党にあたり、党首も同じナイジェル・ファラージ氏が務めています。
小選挙区の獲得状況
イギリスの総選挙では、全ての議席が小選挙区制で決められます。それぞれの小選挙区を、当選者が所属する政党の色で塗り分けたものを以下に示しました。図3が前回の、図4が今回の結果です。
これらの図では、有権者のまばらな地方の選挙区は大きく、有権者の密集する都市部の選挙区は小さく描かれる点に注意してください。保守党と労働党が同程度の面積で塗られている図4は保守党の大敗を意味します。
図3と図4を比べると、労働党は点在する都市から地方へと、特に中部や北部にむけて議席を拡大したことがうかがえます。特に北部のエディンバラ、グラスゴー周辺の労働党の拡大は、スコットランド国民党に打撃を与えました。自由民主党は南部を中心に保守党の議席を奪ったことが読み取れます。
全国の得票数
ここまでに掲げた図1から図4は、いずれも各党の議席について表示したものでした。しかし小選挙区は多くの死票を生じる制度ですから、背後には議席につながらなかった多くの票があることを見逃すわけにはいきません。そこで前回と今回の選挙について、全ての小選挙区を合計した票を比較してみましょう。
この図は特殊な積み上げ方をしていることに注意してください。つまり中央をゼロとして、左側と右側にグループを分けてそれぞれの票が積み上げられています。左側は保守党とリフォームUK、およびリフォームUKの前身政党にあたるブレグジット党を積んでいます。右側はその他の全ての政党です。
図5におけるもっとも大きな変化は、前回から今回にかけて保守党が票を半減させる一方、リフォームUKが412万票を得て3位につけていることです。これはかつての保守党の票がリフォームUKに流出したことをうかがわせるもので、実際の世論調査からも、リフォームUKに投票した人の大多数は、前回、保守党に投票していたことが明らかにされています。小選挙区で全てが決まるイギリスでは、このことが議席に決定的な作用を与えました。すなわちリフォームUKの存在が保守党を圧迫し、労働党に利得をもたらしたわけです。
ところで、政権交代の理由をもっぱら労働党に求め、「コービン氏が左傾化させた労働党を後任のスターマー氏が中道に戻し、広く支持を得たことが政権交代につながった」といった解釈をしているものがしばしば見られます。その類型として、たとえば毎日新聞は次のような社説を出しています。
「労働党の勝因は、コービン前党首時代の急進左派路線を修正したことだ。法人増税を撤回して経済重視の姿勢を打ち出すなど中道色を強めた結果、保守党支持層にも食い込んだ」(出典は7月11日の毎日新聞朝刊)
しかしながら図5からは、労働党の票はむしろ減っていることが読み取れます。たとえ労働党が保守党支持層に食い込んだのだとしても、労働党の票は全体として減少したのですから、他の党に流出したり棄権するなどして失われた票の方がより大きいと言わなければなりません。労働党が過去の多くの選挙よりも保守票を多く取り込んだことは確かにある程度は確認されるものの、それが政権交代の中心的な理由であるといった解釈は大局において誤りです。
投票率
次に各小選挙区の投票率を見てみましょう。前回から今回にかけては小選挙区の区割りが改定されているため、増減を直に描画することができません。そこでこれ以降も前回と今回を比較するやり方で見ていくことにします。図6に前回の、図7に今回の結果を示しました。
これらの図からは、ほぼ全ての地域で投票率が下落したことが明らかです。全国における投票率は、前回67.5%だったところ、今回は59.9%と、大幅な下落がおこりました。
今回の労働党による政権交代を一言でいうならば、それは「票を減らした勢力が、投票率が低下するなかで圧勝する選挙」だったのです。
労働党
ここからは前回と今回の選挙における各政党の絶対得票率を確認していきます。絶対得票率は、棄権者も含めた有権者全体に占める票の割合を意味しており、高い地域ほど支持が厚いとみなすことができます。
まず労働党ですが、前回から今回にかけて票の地理分布が均質化に向かったことがうかがえます。つまりかつて強かった都市部では票を減らし、かわりに地方で伸びるような変化が起きています。この地方で伸びた分は、従来の保守党の票を一定程度とりこんだ結果といえそうです。他方でリベラル色の強いロンドン、マンチェスター、リヴァプールなどの票は減っています。
票の重心は北にシフトし、このことがスコットランド国民党に大きな打撃を与える結果となりました。南部の多くの小選挙区で票が減ったことは、自由民主党の議席増につながったと考えられます。
保守党
保守党は、従来は地方で強い地盤を保有していました。今回はそれが全面的に後退したことが鮮明です。
ブレグジット党とリフォームUK
リフォームUKは、従来の保守党の票の主な流出先にあたることが世論調査で示されています。
前回選挙のブレグジット党は、保守党の現職がいる小選挙区に独自の候補を立てることを控えました。対してリフォームUKは徹底して擁立を図ったことが、これらの図からはうかがえます。このことは保守層の票を割る結果となり、保守党に大きな打撃を与えました。
自由民主党
自由民主党は、トータルではやや票を減らしているものの、今回は南部で主に伸び、労働党のマイルドな住み分けのような構図となりました。その結果、議席が7倍近くに増えています。
スコットランド国民党
スコットランド国民党はほぼ全ての小選挙区で票を減らし、エディンバラ、グラスゴー周辺で労働党に競り負けたことで大幅な議席減となりました。
緑の党
労働党や自由民主党の躍進が目立つ今回の選挙ですが、明確に票を伸ばした政党はリフォームUKと緑の党の2つでした。緑の党に対しては、労働党からの票の流出があったと推測されます。
これ以降は6個の地域政党をまとめて示し、その後に改めて政権交代に関する議論を行います。
プライド・カムリ
シン・フェイン党
民主統一党
社会民主労働党
北アイルランド同盟党
アルスター統一党
保守党とリフォームUKを合わせた票の検討
各政党の結果を一つ一つ見てきましたが、ここからは再び政権交代をめぐる議論に戻りましょう。
以下に保守党とリフォームUKを合わせた絶対得票率の分布を描きました(下図32)。比べやすいように前回選挙の保守党の票(図10)を改めて示すと、両者には高い一致度があることがうかがえます。
これらの地図が似ていることは、もちろん、リフォームUKの得た票の多くが従来の保守党の票に由来することを示唆しているわけです。
ここでもし、保守党が図32の票の分布で総選挙に臨んでいたとしたら、議席はどのようになったのでしょうか。計算した結果は次のとおりでした。
これは「もしリフォームUKが出現しなかったら」というような話と考えてもよいし、より現実的に「かつてのブレグジット党のように、リフォームUKが保守党との間で小選挙区を住み分けていたら」とみなしても構いません(後者の場合、保守党の302議席の一部はリフォームUKのものとなるでしょう)。いずれにせよ非常に粗い仮定に基づいた計算です。
実際には、リフォームUKに投票した人の全てがかつて保守党に入れていたわけではありません。他の党から集めた票もあれば、リフォームUKがなければ棄権していた人たちもいるからです。ですから保守党が従来の票を守ろうとしても、それが可能であったのはリフォームUKが得た票の一部となるはずです。
そこで、保守党に加えるリフォームUKの票を連続的に変化させながら計算をしました。
この図34において、0%(完全な競合)は図2に示した実際の選挙結果に対応し、100%(完全な協力)は図33に対応するものです。
世論調査からは、リフォームUKに投票した人の3分の2程度が、かつて保守党に入れていたことが示されています(verianの調査など)。それを保守党がつなぎとめていれば、実際の選挙結果とは120議席ほど違ったと考えられます(下図)。この場合、労働党は第一党にはなりますが、過半数には達しません。
もっとも、リフォームUKは前回選挙で労働党に入れた人の票もわずかながら奪っているので、それを労働党に返還することも考慮すれば変化はよりマイルドになるはずです。また、前回選挙で保守党に入れた層の中には、その後の保守党に失望しており、たとえリフォームUKという選択肢がなかった場合でも再び保守党に投票することはなかった層がいるはずです。こうしたことから、リフォームUKによって受けた保守党の打撃が120議席というのは上限の制約にあたるでしょう。
このようにしてみると、労働党が第一党を得る状況は不変であり、保守党の敗北はまずもってみずからの自滅的な解散の結果だと言うことができます。次の図36は政党支持率の平均ですが、保守党は一貫して労働党を下回る状況にありました。
そのうえで、労働党の勝利の「程度」は、保守党とリフォームUKの競合に大きく左右されたとするのが現実的な見方となりそうです。右派ポピュリズムが台頭する欧州各国の中で、労働党の圧勝はそれに逆行する新しい動きのように見えなくもありません。けれどもイギリスは完全小選挙区制であるがゆえに、右派ポピュリズム(リフォームUK)の台頭が、中道左派(労働党)の大幅な躍進をもたらすというパラドックスがおきたのです。
親和性の問題
リフォームUKが票を集めたことの背景には従来の政党に対する失望もあるので、以上のシミュレーションがそのまま通用するわけではありません。けれども以上の結果は、保守党とリフォームUKの競合が大きく影響したことや、それだけ小選挙区制が激しい変化を与えるものだということを洞察するのに十分なものです。
候補者が競合することによる打撃の大きさ、あるいはすみ分けや選挙協力をすることによる利得の大きさは何に由来するのでしょうか。それはすなわち、それぞれの政党に投票する有権者層がどれほど親和的であるかということにほかなりません。
もしも親和性が高ければ、すみ分けや選挙協力を行った際に票は容易にまとまります。他方で競合した際はそれぞれが似た方向に票を拡大するため広がりが小さく、票が割れることが強くマイナスに作用します。
逆に親和性が低ければ、すみ分けを行えば一方の支持者は投票先を失ったと感じるし、選挙協力は理念を欠いたものとなってしまうでしょう。そして競合が起こっても、それぞれの党は別の方向に支持を拡大していけます。
なお、ここでいう親和性とは、政党や政治家に関するものではなく、あくまでその政党に投票する有権者のものであることに注意してください。そしてそれは、どの政党が好ましいかという政党支持率のようなポジティブなものに限らず、「最低限許容できる」というようなものも含まれます。小選挙区はただ一人を選出する制度なので、相手候補が嫌だから対立候補に入れるといった投票行動があり、許容度という緩いレベルでの親和性を考えなければ理解を誤ってしまうのです。
今回の総選挙において、世論調査や地域分析(図10と図32)からは保守党とリフォームUKに高い親和性があったことが示唆されます。それゆえに両党の競合は強くマイナスに作用したわけです。
最後に補足するならば、以上のことはあくまで議席数の面に限る話であり、競合や協力が政治的にどう実現するのかということはまた別の問題です。リフォームUKのファラージ氏には、保守党を削ることを通じて自らの力を伸ばそうという意図があったでしょう。また保守党の側にもリフォームUKと安易に協力するのは抵抗があったでしょう。特定の勢力に協力したことを通じて自らの議席を守ったとしても、その勢力を助長したことが長期的に見て共同体の破壊につながることなども当然ながら考えうることです。そうしたことは議席の議論を超えるテーマとして別個に扱われなければなりません。
かつて見たような選挙
今回の労働党による政権交代が「票を減らした勢力が、投票率が低下するなかで圧勝する選挙」だったことはすでに述べました。そのような選挙を我々はよく知っています。
第46回衆院選(2012年)の自民党の政権奪還こそ、まさにそのようなものでした。
当時、野田佳彦代表の民主党は消費税増税に反対した議員らを除名して、党が分裂する形であえて解散に臨みました。このことは混乱と失望を招き、野党が競合して投票率が低下するなか、小選挙区と比例代表の両方で票を減らした自民党が圧勝をおさめました。これが安倍政権の再来となり、民主党は2009年に得た308議席を57議席にまで減らし、見る影もない弱小勢力に転落したのです。
今回のイギリスの総選挙で起きたことは、形式的にはその類型であり、その意味で「劇的」でも、劇的でなくもあるのです。
お読みいただきありがとうございました。
データに基づいた議論が少ないように見受けられるので、今回はイギリスの政権交代について書いておくことにしました。区割りが改定されたため特に大したことはできませんでしたが、競合と協力をめぐる親和性の問題は、日本においても意味のある着眼点となるように思います。
2024.07.30 三春充希