39.「画伯」たちのレガシー
第95回箱根駅伝・関東学生連合チームの「画伯」事件。
これを語るには、彼のことを紹介しなければならない。
米井翔也さん(当時亜細亜大4年、現・JR東日本)。
関東学生連合チームのキャプテンを務めた彼のtweetは、ある種のイノセンス(純粋無垢さ)が漂っていて、私はとても好きだ。
第1回目の合宿終了後の、このつぶやき。
「主将を拝命したのでがんばります」というような、周りが期待する定型文を、彼は使わなかった。
代わりにチームメイトへ「みんないい人達」と素直な賛辞を贈った。
これ以上に「キャプテンとして」求心力のある言葉があるだろうか。珠玉の名言である。
その米井キャプテンは、じつは大会終了後も「キャプテン」であり続けた。
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事の発端は、keikaさんが発表した鈴木陸さんの絵に、米井さんがつけたコメントだった(keikaさんは、アスリートを「描いて応援」している鉛筆画家さんである)。
「羨ましい」
彼の無邪気なつぶやきに、すばらしい提案を申し出る人が現れる。
1区を走った近藤秀一画伯である。
制作時間20分、超速の傑作が公開される。
これに対抗意識を燃やしたのか、15分後、もう一人の「画伯」が現れる。
鈴木陸画伯、神速の傑作である。
この「みんな大好き米井キャプテン」の肖像画制作を巡る熱い戦いは、意外な形で決着がついた。
keikaさんが、米井さんの絵を制作・公開くださったのである。
この「二人の画伯」から「神絵師」登場までの一連の流れ。
あまりに傑作すぎる。
私はこの「画伯事件」を、自分の作った関東学生連合まとめに「おまけ」として追加させていただいた。
競技とは直接関係ない、半ばプライベートな話題。
箱根駅伝のまとめに入れたことは、本当は反則なのかもしれない。
けれど、これは彼らが後世に残した「レガシー(遺産)」だと、私は思っている。
箱根駅伝を目指す学生さんたちのことを、我々はいったいどれだけ知っているのだろう。
多くの場合、我々は彼らの残した「すばらしい記録」や、マスコミが演出する「ステレオタイプな感動物語」や「ドラマチックな悲劇」しか知らない。
不用意な発言や行動をすれば、たちまちネットで拡散され、本人の意図とは関係なく、勝手にあれこれ詮索される時代だ。
箱根駅伝の常連校の中には、学生さんたちに、ネット上でのプライベートな発言を控えるよう指導している大学があるともきく。学生さんたちのメンタルを守るため、やむを得ないところもあろう。
そうした様々なリスクを承知で、それでもこの年の関東学生連合のメンバーは、自分たちの言葉で情報発信することを選択した。
マスコミや大学側の大本営発表ではなく、学生自らが情報発信する。
もしかしたら、この試みは、東大入学当初からマスコミに注目され、関東学生連合チームを過去3回経験した近藤さんが、密かに温めていた想いだったのかもしれない(あくまで私の妄想である)。
その延長線上に、このいたずらっ子のような画伯事件が生まれた。
彼らが、箱根駅伝を通して得た「友情」。
彼らが、箱根駅伝に残した「レガシー」。
それはどちらも、公式記録には残らない、けれど素晴らしい宝物ではないだろうか。
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keikaさんが、鈴木さん、米井さんの絵を続けて公開したとき、私は思いついた。
(keikaさんに、相馬くんの絵を描いてもらえたら…そしたら、本人の出場記念になるし、何よりチームのモチベーションも上がるんじゃないかしら…!)
けれど、そんな依頼をしていいのかどうかわからないし、そもそも「ビリヤニ」のことで、ちょっと会話しただけの間柄である。
ぼんやりと夢のようなことを思いつつ、2月に入ったある日。
私の夢想をぶち破るダイレクトメールがやってきた。
「すみません、西沢さんの画像、ありませんか?」