practice 4 珈琲
時折、無性に珈琲が飲みたくなる。
以前は毎日ドリップして飲んでいた。こう書くと、いかにも珈琲通で、豆や器具に拘りがあるのだろうと思われるかもしれないが、たいして詳しくはない。UCCやカルディなど、近所にある「豆を挽いてくれる店」でペーパー用を買っていた。
カルディの珈琲には「テイストバランス」「ボディ」「ロースト」の指標がついている。よく買う比較的安価なマイルドカルディは、高価なブルーマウンテンブレンドとほぼ同じバランスだ。ほかにはブラジルも似たバランスで、ブラジルもよく購入した。万人の好むような、苦みも酸味も強くない、若干浅煎りの感じが好みだった。
コーヒーショップでは甘い味のものを飲むことが多かったが、このご時世になってからは全く足を踏み入れていない。ご時世のせいだけではない。珈琲そのものが、飲めなくなってしまった。
更年期の代表的な症状に動悸がある。あるときふと、そう言えば珈琲を飲んだ後になりやすいかもしれない、と気づいた。私の身体のことだから、他の方はどうかわからない。他の飲料と比べて、どうも珈琲のときは頻度が高い気がする。しかもいつからか、飲むとお腹がゆるくなる。
最初はそれらの症状と珈琲が全然結びつけられなかった。やめてみると、様々な症状が軽微になった。
紅茶や煎茶は、そういった症状が起きない。珈琲だけが、明確な変化をもたらした。成分で有名なのはカフェインだが、紅茶は珈琲よりカフェインが強い。緑茶はもっとだ。おそらく、カフェインだけが原因ではないのだろう。
大好きだったので、衝撃は小さくなかった。カフェオレにすれば大丈夫かと思ったが、やはり症状が出る。これは諦めるしかない、と観念して、いつまでだろう、と思った。
この「珈琲が飲めない」状態は、もう永遠なのだろうか。ホルモンバランスと関係しているとすれば、私のエストロゲンは、二度と戻ってくることはない。とすれば、もう私は珈琲を飲むことはできないのだろうか。
かつて、文学や映画で「大人の色気」を表現するアイテムといえば、煙草と珈琲、お酒(特に洋酒)だった。煙草は受難の時代となったし、お酒も(今は特に)敬遠されつつある。
別段、大人の色気を演出するために珈琲を飲んでいたわけではない。しかし、ついに好きな嗜好品を身体のために諦める日が来るとは。
なにかしみじみと寂しいような気がしてくる、そんな初老の秋だ。