駐妻記 タラートとフェア
木曜日。駐妻は少しそわそわする。タラートの日だからだ。
毎週木曜日にシーラチャー大学内にたつ市場(タラート)、それが木タラ。キタラ、ではなく、モクタラだ。
駐妻たちはいそいそとトゥクトゥクで、あるいはシーローに乗り合わせて、アソーク郊外の大学へ向かう。
タラートは、週変わりで店が変わる。こぢんまりした店が立ち並び、お祭りか、ちょっと立派なフリーマーケットのようだ。
私はよく、子供の服を買った。ハーフパンツ3枚組が480バーツ(1300円)。Tシャツが160バーツ(450円)。西松屋などと比べても、さほど激安というわけではない。しかも露店、雨風がかかる。商売熱心な店もあれば、駐妻たちを気だるく眺めるだけの店主もいる。
品物はそれほど粗悪ではない。小粋な駐妻はタラートで買ったワンピースなどを素敵に着こなしていた。子供服も、洗濯に耐え結構長持ちした印象だ。
玩具や食べ物、アクセサリーやお菓子などの店もずらりとある。駐妻たちはここで思い思いにお気に入りの店をみつけ、木曜日の楽しみにしていた。見て歩くだけでも、普通にお祭り気分で楽しい。
私がここで買ったなによりの戦利品は「ソフビ」だ。
「ソフビ」とは「ソフトビニールフィギア」を指す。ウルトラマンや仮面ライダーの塩化ビニールの人形が、それこそザクザクしていた。日本ではもう売っていない、年代遅れのフィギアもあった。
歴代ウルトラマンや歴代仮面ライダー、そして怪人や怪獣、レアな形態のセカンドライダーなどが激安だった。本物かどうかはどうでもよかったのだが、本物は足の裏に刻印があり、本物と偽物が混ざっていた。お宝を探し当てた時の喜びはひとしおだった。
タラートで最も大規模で有名なのは、チャトチャックマーケットと呼ばれるウィークエンドマーケットだ。観光客もたくさん来る、タイの観光名所のひとつでもある。文字通り何でもある。植物も動物も売っている。
実は私は行くたびに迷っていた。ほぼ迷宮。ここで買ったルームフレグランスがとても良かったので、もう一度買いたくてまた行ったのだが、店がどこにあるかわからなくなり、結局買えなかった思い出がある。
タラートではないが、中華街「ヤワラート」も駐妻に人気だった。駐妻は趣味で手芸や洋裁をする人も多いので、ヤワラーには生地や小物、細工物のパーツなど、特に「材料」を調達しに行っていた人が多い印象だ。B級グルメの宝庫とも言われていた。
それからプラチナム。こちらはいわゆるショッピングセンターだ。利用者は地元の人が多い。雑多な感じはタラートに近い。軍政になる前はここで色々なブランドに似せた商品(お察しください)が売られていた。この「色々なブランドに似せた商品」に関しては噂が尽きない。それこそ「ウラ世界」な感じの話も沢山あるが、あえて言うまい。
タイでは「なんとかフェア」と銘打った催しが沢山ある。日本人駐妻に特に人気なのは「ジムトンソンセール」「スーパーウェアセール」「ギフトフェア」だ。駐妻三大セールと呼ばれている。
ジムトンプソンというのはタイシルクで名をはせたジムトンプソンの店のことで、タイにはあちこちに店舗がある有名ブランドだ。普段は結構なお値段のする商品がセールでは格安になる。スクムヴィットソイ93にジムトン(ジムトンプソンの省略形)のアウトレットがあるので、帰国のお土産用にどうしても欲しい時はそちらに行ったりもするが、駐妻たちは年2回のそのセールを楽しみにしている。配られたビニール袋の中にガッサガッサと目当ての品を詰め込んでいく駐妻たちの真剣な眼差しは怖いほどだ。品数が少なく特に人気の商品などもあるから、ここに情熱を注ぐホンキの駐妻はその日が勝負の日となる。
「スーパーウェア」ではバンコク郊外のメラミン樹脂食器工場直販のセールで、タイで生産される食器類のB級品などが出回る。正規品も出る。特に「GINGER 」などのブランドメラミン樹脂製品や可愛い子供用の食器などが激安とあって「別にメラミン食器はいらないけどちょっと見に行ってみただけ」の駐妻が意外とハマってしまったりするセールだ。
「ギフトフェア」は「スタイルフェア」とも呼ばれる。正式には国際ギフトフェアスタイルといって(最近名称が変わったかもしれない)、タイ中のお土産品や高級インテリアなどが格安になる。エンポリやパラゴンなどのデパートに入っているようなタイの高級スパブランド「HARNN」や「PANPURI」がセール価格とあって、特に人気だった。
たいていの催しはバンナーの「BITEC(バイテック)」で開催される。東京ビッグサイトのような巨大なイベント会場に、たくさんのお店がひしめき合い、押し寄せた駐妻たちの熱気であふれかえっていた。ほかに「シリキット(王太后陛下の名前)コンベンションセンター」などで行われるフェアもある。
私は最初の年こそ、先輩に連れて行ってもらったり、物珍しさからあれこれと見て回ったが、実はそこまでフェアやタラートに情熱を持てなかった。なにしろ、あれだ。私は途中から引きこもりになってしまったので、当然、こうした催しにもあまり心が動かされなくなってしまった。
先輩駐妻から「絶対買った方がいいよ!」と勧められたものが何点かあるが、記憶していない。シルクの毛布だったか、なんだったか。いつかタイに行った時のためにと駐妻記をお読みの方には、お役に立てず申し訳ない
それでも友達に誘われたりして、時々は行っていた。駐妻にとってフェアは「買い物がしたい!」というよりも、「季節を感じるイベント」という気がする。タイにいると年中暑くて同じ気候が続いているように感じてしまうため、季節感を失う。写真をみても、すべて夏服で変わり映えせず、それがいつのことだったかわからないのだ。「フェア」はそこに季節感をくれるイベントなのだと思う。
そもそもタイでの買い物は、一期一会だ。出会った時に買わないと、次はもうそのお店がみつけられなかったり、目をつけた商品が既に誰かに買われた後だったり。よほど手に入れやすいものでないかぎりはリピート買いというのができない(今はそんなことはないのかもしれない)。
タラートにしてもフェアにしても、規則性なく配置された店が延々と続いている様子は、まるで万華鏡のようだ。フェアが半分野外のタラートと違うのは、清潔感と、エアコンが効きすぎて寒すぎるほどの快適な場所だということくらいか。とにかく雑多なことに変わりはない。しかしその雑多さが、いまとなれば魅力だったと思う。
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