Review 6 シモシモ
光浦靖子さんのことが、いいなぁと思ったのは、『11人もいる!』というドラマだったと思う。2011年のドラマだ。私は2017年頃配信サービスで観た。それまで光浦さんのことを知ってはいたが、好きだな、とまでは思っていなかった。でもこのドラマを見てからは違う。結構、好きだ。
『11人もいる!』は、大家族のコメディドラマだ。お父さんが田辺誠一さん。高校生の神木隆之介くんを筆頭に、8人の子供がいる。何気なく観始めたドラマだったが有村架純さんや星野源さん、加藤清史郎さんや佐藤二郎さん、竜星涼さんなどが出ていて実は豪華キャストだった。ゲストで高橋一生さんもいた。クドカン作品にはおなじみの小松和重さんや皆川猿時さんも出ている。
お父さんはカメラマンだがあまり仕事が無く、貧乏だがそれを苦にしない(それでみんな困っているが救われてもいる)。長男の一男(神木くん)がアルバイトをして家計を支えている。広末涼子さん演じるお母さんはすでに故人で、その後妻として家にやってきたのが光浦靖子さんだった。
コメディなので全体にドタバタドラマだ。しかしさすが宮藤官九郎さんの脚本はひと味違う。何か目が離せなくなる魅力がある。広末涼子さんはメグミで、光浦靖子さんは恵。光浦さんはできちゃった婚で後妻に入った先に7人も子供がいたのだが、それに動じる気配がない。末っ子だけが実子だが、前妻の子と実子とを、いいバランスで育てている人(の役)だった。
末っ子は幽霊の広末さんが見えていて、光浦さんもだんだん見えるようになって、最後は「幽霊の前妻と同居」状態となる。広末さんは開けっぴろげで奔放な性格で、家族に騒動を起こしたり、助けたりする。それをさりげなくサポートするのが光浦さんだった。
ドラマの役とも相まって、私の光浦靖子さんのイメージは、腹が座っている、というのか、安定感がある、というのか、落ち着いたどっしり感がある。彼女に「それはダメ!」と言われると、なんか絶対ダメな気がする。
50歳で留学を決めたそうだが、このご時世でなかなか留学先に行けずに困っているというネット記事を読んだ。しかし無事に渡加したようで、この夏からは、バンクーバーにいるはずだ。
『傷なめクロニクル』の最後にも、留学に関するエピソードが出て来る。マンションを解約してしまったが留学が延びたために、新居が見つかるまで妹さん夫婦の家に居候しているという話だ。
『傷なめクロニクル』は「TV Bros.」の2003年から2020年までのお悩み相談をまとめたものだ。雑多で少々ふざけた内容のお悩みが多く、それに光浦さんは丁寧に答えていく。そして途中から妄想に入る。最終的には突き放す。そのパターンが多い。光浦さんの妄想劇場を楽しむコラムだ。
しかしじゃあ、光浦さんの答えがいい加減なのかと言うと、それは違う。
私たちが友達や家族から相談を受けたとする。そうすると、「やめたほうがいいよ」「それはだめじゃない」と言いたいとき、どうしても相手の事情を知っているだけに忖度する。こんなこと言ったら傷つくかもしれないから、そこは触れないでおこう、とか。まあ一般的にこれは言わないほうがいいなとか。
相談者が見知らぬ他人であれば、なお、うーん何と言ったらいいのか、と悩むと思う。相手は匿名でも自分は違う。新聞でも雑誌でも、軽く書いている風に見える短い人生相談コーナーは、仕事としては相当難しいだろうな、と常々思っている。それに輪をかけて「笑わせて」があるならそれは、言ってみれば「注文の多い悩み相談」だろう。
相談者を傷つけずに否定や賛成をし、それを一般化して「ほぉ」と唸らせ、さらに、クスッと笑ったりまで、させなければならないミッション。
光浦さんはその「一般化」させるところで「妄想劇場」を盛り込んでくる。そこに鋭く辛辣な一刺しを加える。これが面白い。最終的にダメ出しでも、すんなり納得できるほどの具体性のある「過妄想」「超妄想」。確かにそんなことならしゃーないな、と思わされる。回答全体が、一見突拍子もなく見えて実はすごく常識的で、正直でストレートなのだが、この過妄想で急激にエンターテインメントになる。これに、たまらない魅力がある。
相談内容は、光浦さんも「具合が悪くなるほど多い」と嘆いていたが、シモの相談が多く、光浦さんもシモで答えることが多い。2010年頃はおバカな相談ばかりで回答するにもいろんな意味で制約がゆるかったが、2015年頃から徐々に本気モードの悩みが増えてきて、気を遣うことが増えたと「はじめに」にも書いてあった。
ところでポリティカルやジェンダーに厳しい昨今「シモネタ」というのはどうなっていくのだろうか。私個人としては軽い下ネタでうまく盛り上げるということが、相手が男女を問わずうまくできないタイプだが(だから盛り上げてしまうオアシズが好きなのかもしれない)別に聞いているぶんには差し支えないし、目くじらを立てる方ではない。これまでの知人の中には「下ネタはOKだが、排せつに関しては口にすることができない」という人もいたし「下ネタは全体的にNG」という人もいた。
ただ「どうあってもこれだけはダメだな」ということもある。そのことについては言葉にしたこともあるし書いたこともある。そのせいで世間的には私は「ジェンダーに厳しい人」と思われているかもしれないが、誰かが傷つくとわかっていることをあえて表現するのは解せないなぁと表明するに過ぎない。デモ隊を指揮してどうにかしようとまでは思っていない。
光浦さんの妄想劇による回答も、そんな気持ちからなのかなと、読んでいてふと思った。言ってみれば「個人的な線引き」、ここはいいけどそっちはダメ、踏み込まないでいただけます?というところと「そんくらいいいじゃん」ということは実際の場面で表現するのは難しい。その「塩梅」をうまい具合に中和させるのに、妄想劇場はうってつけ、なのかもしれないな、と。
さて、オアシズはシモネタ豊富な芸人さん達である。シモネタは世界で一番平和だと言っている。しかし相棒の大久保佳代子さんも女性誌「STORY」で何年か越しの書評コラムを持っていて、実はそこにも若干の「シモネタの駆逐」を感じ始めていたので、これ(シモネタ)混じりのコラムというのは、もしかしたらだんだん、消えゆくサダメなんだろうかと思ったりする。
時代は移ろい、変わりゆく、今はその途中のかもしれないなと、『傷なめクロニクル』を読み、光浦さんの旅立ちの背中(は実際見てないけど)を見ながら思う。
光浦さんのこれからを、見守りつつ応援したいと思っている。
※シモシモなどというオノマトペはない。しいて言うなら平野ノラさんのもしもし。人生相談だけに。笑