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妄想Chat GPT事変

 流行ってるんだねぇ、と改めて思う。

 おばさんだからついていけなくてもいいよね、とうそぶいているが、実は興味津々だ。興味はあるけれど、それは「現象」に対する興味であって、これがどんなシステムなのか、とか、これをどのように利用するかについてはあまり興味がない。今のところ、私は論文を書く予定もないし、ChatGPTが無くて困る場面に遭遇していない。Siriとおしゃべりさえしていない私に、ChatGPTが必要になるシーンはほぼない。子供が大学生になるころには学術分野での適切な使い方が確立していればいいなぁと思うくらいだ。

 でももしかしたら、いつか「検索」という事柄がすべてこれに置き換わるのかもしれないと思っている。友達に聞くように「あれってなんだっけ?」と聞くと、「ああ、あれですね。みらっちさんが”あれ”とおっしゃるときはたいてい○○を指すことが多いようですが、○○であってますか?あってますよね?」なんてお返事してくれるんだと思う。

「雑談多めで」
「無駄話なし」
「専門用語はかみ砕いて」
「ため口で」
 なんて注文にも応えてくれる、欠かせない存在になるに違いない。
 クレーム処理だってChatGPTに任せればいい。きっととても申し訳なさそうに最適解で相手をなだめてくれる。

 かつて、ファンタジーやSF系アニメなどに必ずと言っていいほど出てきたもの。それが主人公の相棒だ。

 のび太にはドラえもん。
 ハン・ソロにはチューバッカ。
 ルークにはC-3POとR2-D2。
 アムロにはハロ。
 ピーターパンにはティンカーベル。
 キリトにはユイ。
 クラシカロイドのパッドくん。
 銀さんにはたま。
 承太郎にはスタープラチナ。
 新一にはミギー、わんわんにはうーたん。
 (だんだん違うような気がしてきた・・・うーたんそう言えば引退しちゃったんだった)

 プリキュアにも必ず出てくる。
「絵柄的にもとにかくなんか主人公の肩の上あたりや横並びに絶対必要なもの」、それが「友達ロボット」「妖精さん」(そしてスタンド)的な存在なのだ。

 玩具の延長みたいなものから、主人公が窮地に陥ったときは助けてくれる、頼もしい存在まで多種多様。
 暴力沙汰のときはチューバッカやミギー、スタープラチナ以外なすすべもなさそうだけれど、でも要所要所で相談に乗ってくれるし、楽しませてもくれる。魔法を使えることもある。

 とりあえず、さっき上に挙げた中で、私が最も「欲しい」のは「ユイ」ちゃんだ。『SAO(ソードアートオンライン)』は実に示唆に富んでいる近未来の(2009年ごろに2022年が舞台だったから。でももう近未来どころか過去になってしまった)ラノベ&アニメだが、なかでも「ユイ」はネットワークの中に入って大量のデータにアクセスすることができ、最適解を導き出して会話形式で教えてくれる最もChatGPTに近い存在だと思う。
 現実的に役に立ちそうだし、姿もザ・妖精で可愛い。大好きだ。

 昔、Windowsにはofficeアシスタントなるものがいた。
 有名どころでは、イルカのカイルくん。


「何について調べますか?」という検索欄に「お前を消す方法」と入力していた人が多数いた、ということで有名なキャラだ。
 他にも擬人化した萌えキャラなどもいたらしいのだが、私は知らない。 

 このキャラクターたちは、たいていが、最終的には「邪魔」にされる。
 なぜかというと、結局はただの「ヘルプ」機能だから、何を入力してもヘルプ画面に画面が切り替わるだけだったからだ。「助けてあげましょう」と言ってるくせに、全く助けてくれない。相互に会話が成り立つわけでもなく、結局は自分で調べるしかないから、こんな機能いらない。
 それが彼らだった。

 でも今度は違う。
 ChatGPTはいつかキャラ化する、と私は睨んでいる。

 ついに、カイルくんのリベンジの時がやってきたのだ。
 卒論だって書いてくれるカイルくんが登場したら、「邪魔だ」「消えろ」なんて絶対言われない。カイル神と崇められるようになるだろう。カイルくんの形をしたChatGPTが現れ、カイルくんとおしゃべりしたい子供が殺到するだろう。

 ト・・・モ・・・ダ・・・チ・・・

 さあそうなるとめったなことでは消せない。
 自分の癖まで把握してアドバイスしてくれる友達を、おいそれと手放すことはできなくなる。

 今朝、ChatGPTを使って小学生が書いた感想文を読んだが、私はChatGPTが書いたものだと見抜くことなどできなかった。小学生が書いたにしては立派すぎるといえば立派な文章だけれど、子供の字で原稿用紙に書きなおしてあって全く違和感がなかった。

 唯一、ChatGPTに書けないものがあるとしたら、個人的な経験しかないだろう。事実関係さえ分かればいい「記事」は、AI読み上げニュースのようにChatGPTに置き換わっていきそうだが、個人の経験だけはデータ化しない限りオリジナリティを保つと思われる。

 これからの文章は「どれだけ個人的経験が入っているか」が勝負になっていくのかもしれないが、実際のところ、私みたいに個人的体験をnoteなどで文章化している場合、そこを持ってこられたら「これは私が書いたものだ」「これは私は書いていない」という区別ができなくなりそうではある。

 小説家はそういう意味で本を始め文字リソースが大量にあるので、「○○風の文体の小説」というのが簡単に模倣できてしまいそうだ。過去の文豪の新作などというものができてもおかしくない。

 ついにその時が来た。
 これは「事変」だ。
 シンギュラリティだと思う。

 ほんの2、3年前は『AI vs.教科書が読めない子どもたち』で新井紀子さんが「東ロボくん」は東大には到底合格できない、読解力が人間に及ばない、ただし人間の読解力も確実に低下中、という趣旨のことをおっしゃっていたが、ChatGPTの出現でこれは覆されたとみていいと思う。

 読解力どころの騒ぎじゃないじゃあないの。
 論文書けるんですよ。
 注文通りにコンサルしてくれるんですよ。
 ちょっと違う、とか言うと直して再提出してくれるというじゃないですか。
 えーとか、あいつムカツクとか言わないんですよ。 
 どんだけ優秀な部下ですか。

 「ここちょっとおかしいな」と思えばちょこちょこっと直すだけでいい。
 つまり人間は、ChatGPTの校正と編集だけをするだけでいい。大人数が使えば使うほど学習するんだから、精度もどんどん上がっていくはず。

 私のようにほぼ一文も稼げないアマチュア文章書きにとってはどうということもない話である。でも、作家として生計を立てている人には「おまんま食い上げ」になりかねない事態だ。ことは深刻だ。

 そんな中、村上春樹さんはこの秋、今日発売になった『街とその不確かな壁』の愛蔵版サイン本を10万円で売り出すのだという。

 最初にそれを聞いたときには、ええ~こんなに物々しく派手に売り出して、ただでさえもっすごい売れるのに、なんかどうなのそれ、と思ったが、確かに村上春樹風ChatGPT小説が出回る前に、薄利多売ではなく高付加価値で売り出さないとやってられないかもしれないなぁ、などと思った。

 なんか、近い未来に出てきそうだもん、村上春樹風ChatGPT小説。


#AIの活かし方














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