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【戯小説】ジュセヨ

はじめに

 皆様こんにちわ。投稿主の桜舞春音です✨
 この度はフォロワー様150人突破記念の小説を投稿するんですが、この小説の形態は戯小説と言いまして、小説と脚本の両方の要素と機能を併せ持つというまったく新しいジャンルを創作して制作しています。
 そのため少し読みにくい部分があるかもしれませんが、できるだけ誰にでもお読みいただけるよう配慮しておりますのでぜひぜひお立ち寄りくださいまし(*^^*)

 それでは本編をどうぞ⇩


【Prologue】

 暗転の中、薄い夜の光で部屋が照らされている。若者は、家族とともに机に座っていた。

父 あんな大学に落ちるなんて。怠けたな。
若者 そんな……!御父様、僕はきちんと努力
   を……!! 
母 (若者を叩いて)つまらないことをおっしゃ
  い。努力など、結果が生まれなければなかっ
  たことになるものなのよ。
父 お前は一族の恥だ。出ていけ!
若者 ……解りました。出て行きます。

 若者、とぼとぼと出て行く。 暗転。

【1】

 ざわめき。
 すぐそこにソウル市街の高いビルを捉えるスラム・九龍村。誰が見ても綺麗とは言わないこの地に二人の若い観光客が迷い込んだ。

ヤスコ 二人さん、見ない顔だね。中国人?
男 いや、日本から。
ヤスコ そうかいそうかい。どこまで行くんだ
    い?
女 ソウル駅から、あっちの方に抜けたくて。
ヤスコ それならここが近道だよ。ちょっとば
    かし汚いけど、泊まるわけでもないん
    だ、ほらおいで。
女 優しい人でよかったね。
男 そうだな。

女 いたっ。
男 どうした?!
女 脚、切っちゃった……。
ヤスコ どうした?
男 あ、足を怪我して……。
ヤスコ ……。少しなら歩けるかい?
女 (頷く)
ヤスコ それなら手当してやるからこっちにおい
    で、ほら。無理しなくていいからね!!

ソユン またやってるよ、ヤスコおばさん。
ドゥリ おばさんも飽きないねぇ。
ソユン そんなに儲かるんなら僕たちもやるか?
ドゥリ やだね。観光客相手にやったりしたら警
    察に捕まっちまうよ。あれはおばさんだ
    からできること。
ソユン ま、それもそーだ。
ドゥリ で?次はどうするの。ソユン兄さん。
ソユン この金が尽きるまでは大人しくしとく。
   あと次の方法を考えるのはドゥリお前の番   
   だぞ。
ドゥリ そだっけ?
ソユン ほんとに忘れっぽいな……。頼むぞ。
ドゥリ ん〜……前は無難に詐欺だったし、次は
    ド派手に銀行強盗でパーっとやりたいよ
    ね!!
ソユン お前は捕まりたいのか捕まりたくないの
    かどっちなんだ……。
ドゥリ まあまあまあ、なんでもよくない?
ソユン まあ、確かに。

 二人、寂れた家の中に入る。
 苔のむした古いコンクリート建ての家は、当時まだ裕福だった彼らの家系の凋落を表すのに十分事足りていた。

ヤスコ あ〜ら、二人とも帰ってたのね!
二人 (口々に)ただいま。

ヤスコ 今日もがっぽり……いやしっかり生きて
    いきましょうね!
ソユン おばさん本音出てるよ。
ヤスコ まだ私の盗人としての矜持は尽きて    
    いないわ。(と自らに言い聞かせる)
ドゥリ 詐欺師の間違いだろ。
ヤスコ どっちでもいいのよ!正攻法じゃ食って
    いけないんだから、人から奪うのは当
     然!!ホラ、あれ、日本の小説にもあ
     るじゃない?なんだっけ、お城の二階
     にいたおばあさん引剥するやつ。
ソユン なにそれ。ドゥリわかる?
ドゥリ わかるわけ無いじゃん。学校なんて行っ
    たことねぇや。
ヤスコ ……そうなのね……。昔は九龍村もちゃぁ
    んと機能していたんだけどねぇ。
ドゥリ ガチで?ここが?信じらんねぇな。
ヤスコ 本当よ。私が子どもの時はね、ソウル近
    郊の市街地として栄えてたの。
ソユン へぇ。
ヤスコ 狂い始めたのは、そうだあんたたちが生
    まれるちょっと前の五輪だね。
ドゥリ ソウルオリンピックだっけ?
ヤスコ そうそれ。五輪に向けた開発で家を     
    立ち退いてきた低所得者や浮浪者が、此
    処に住み着いたってわけさ。
ドゥリ なるほどね。
ヤスコ それじゃ、あたしはまた人でも探しに行  
    ってくるよ。

 ヤスコは南の方に、旅人を探しにでていく。

ドゥリ それじゃ、行きますか。
ソユン そうだな。

 二人も、同じように去った。

【2】

 ソウル市にある高層ビル。不動産会社の経営で莫大な財を成した会社では、お抱えの弁護士が社長室に呼ばれていた。

社長 ギュソン君、うちの会社も大きくなった。
   ここらでまた新しいビジネスを始めたいと
   思う。
ギュソン 新しいビジネス?
社長 ああ。ソウルの外れに、九龍村という      
   スラム街があるだろう。
ギュソン ええ。
社長 政府から、一部の不動産会社にあそこの土   
   地を買わないかと提案が来ている。恐らく
   は日本や中国からの観光客が犯罪に巻き込
   まれるのと、首都にスラム街があるという
    負のイメージを払拭したいのだろう。
ギュソン はぁ……。
社長 私の会社で、買おうと思うんだ。

ギュソン ええ?!
社長 まあ待て。そこを買えば、補助金が政府か 
   ら出る。やり方さえ間違えなければ可成り
   の儲け話だぞ。

ギュソン しかし、住民はどうするのです?
社長 九龍はもともと底辺が不法に住み着いた土
   地だ。問題ないと思うが、念の為君には住
   民の立ち退きをお願いしたい。報酬ははず
   む。悪くない話だぞ。
ギュソン 解りました。やらせて頂きます。
社長 それでこそ”エリート”だ。楽しみにしてい
   るぞ。
ギュソン はい。

 二人は、盃を交わした。

【3】
 ソユンとドゥリはまた荒涼とした家に帰宅する。あたたかみのない建物は、寒い韓国の冬には辛いが、夏は涼しくていい。

ドゥリ ちぇっ、あの家何にもないな……。

   ドゥリは盗品を並べる。古い日本製のラジカセと数万あればいいくらいの厚さの財布。

ソユン 仕方ねぇさ。今は経済もよくない。
ドゥリ 都会のくせによぉ……。
ソユン 何件か警察に言われたみたいだし、空き
    巣もそろそろ潮時かな。釜山の方とかに
    出れればいいけど、移動手段も無いし。
ドゥリ じゃあやっぱり銀行強盗……
ソユン だめ。
ドゥリ ええ〜。
ソユン ほら、とりあえずそれ売りに行くからバ
    ラせ。
ドゥリ はいは〜い。

 ドゥリ、古い工具でラジカセを解体していく。

 その間ソユンは辺りを見回しつつ、足元の瓦礫を片付けている。

 遠くから聞こえるのは、ソウル市街地の喧騒だ。いつも奪う一方の、残酷な三角形が成り立っている都会。

ヤスコ あら帰ってたのね。
ドゥリ おばさん!!
ヤスコ それが今日の稼ぎかい?

 ヤスコはラジカセを覗き込む。

ヤスコ 日本製じゃないか。随分古いね。
ソユン もう動かないし、そのままじゃ売れない
    から、部品取りにして江南区のほうに売
    りに行こうと思って。
ヤスコ あんなとこで売れるのかい?
ドゥリ 金持ちが多いからね。道谷洞までで    
    りゃ結構売れるよ。
ヤスコ そりゃ良いこと聞いた。助かるよ。
ソユン おばさん空き巣までするの?
ヤスコ 私はそんなことしないよ。けど、ゴミ捨
    て場は漁るからね。

 ヤスコ、あたりを見回す。そのまま、ソユンの死角にある盗品の時計をくすねた。

ヤスコ ま、頑張りな。

 ヤスコ、去る。

ドゥリ 兄さん、見て。(向こうを指す)

 九龍に似つかわしくない濃紺のスーツに身を包んだ男が一人。
 スラッとした体つきだ。

ソユン わあ、珍しいな。あんな金ありそうなの     
    おばさんが即刻捕まえt

ヤスコ (瞬時に寄って)あら?道に迷ったのか
    い?

ソユン ……流石っすおばさん。

男 ああ、すみません……。わたくし、不動産会
  社の依頼を受けておりまして。この土地を活    
  用できないかと思いまして、視察に伺ったの
  です。
ヤスコ 不動産?

 ヤスコの言葉に、二人も耳をそばだてる。

男 ええ。韓国はいまや先進国です。ソウルのあ
  るスドグォンの人口も増える一方。そんなと
  ころに、手の入っていないこの九龍があるの
  は美味しくないのでしょうね。
ヤスコ まあ……ここは低所得者の集まりだ。 
    印象は、悪いだろうね。
男 そうでしょう?ですから、ここの土地を買い
  たいと思っておりまして。
ヤスコ どうせ政府から買うんだろう?
男 え?
ヤスコ ここはあたしらが勝手に住み着いたとこ
    ろだ。本当は政府か他の人の土地だろ
    う。お前さんたちが買ったところで、あ
    たしらに何の利益もない。
男 まぁ……。
ヤスコ あんたさん、名前は?
男 ……ギュソンと申します。
ヤスコ 良い名だ。ギュソンさん、あなたの仕事
    はここから帰って、上にこう報告するこ
    とだね。

 ヤスコはギュソンをレンガで殴ろうとする。

ヤスコ 『貧乏人から奪っても得るものはな     
    い』ってね!!
ソユン そ、そうだそうだー!
ドゥリ 街に帰れ!

 ヤスコ、驚いたように二人に目をやってから微笑んで

ヤスコ 此処にあんたの居場所はないよ!
ドゥリ 政府の犬!!
ソユン 会社の七光り!!
ドゥリ 引っ越ーし!引っ越ーし!

 ギュソン、おずおずと去る。
 暗転。

【4】
 明転。二人の声。

ドゥリ 重い……!
ソユン ここまで来たらもう転がしちまおう。

 二人、タイヤを転がして登場。

 ヤスコ おや、こりゃタイヤじゃないか。
ドゥリ 軒先にあった家があったから持って    
    きた。
ソユン 車種は……ヒョンデの古いツーソンか
    な。
ヤスコ 詳しいね。
ソユン 警察車両を把握するためにちょっと    
    勉強してて。
ヤスコ タイヤならちょっと遠いけどイテウォン
    の裏通りにいい店があるよ。
ドゥリ タイヤ屋?
ソユン 前に廃車バラしたときに使った闇鉄か。

ドゥリ 闇鉄ってなに?
ヤスコ 早い話がタダで集めた金属を加工し直し
    て鉄として卸す悪徳業者。
ドゥリ へぇ〜。いろんなのが居んだね。
ドゥリ それにしてもよく知ってるね、おば    
    さん。
ヤスコ 犯罪は連携プレーだよ。コミュニティな
    しじゃ生まれないのさ。
ソユン でも僕達だけでイテウォンなんてど    
    うやって行くのさ。

 ※イテウォンはソウル特別市にあり、スドグォンにある九龍からだいぶ離れている

ドゥリ それもそうだな。
ヤスコ 私が話をつけて届けてやろうか?
ソユン おばさんそのまま着服するでしょ。
ヤスコ あらバレた?(笑う)

 そこに、気に障る歩き方でギュソン登場。

ギュソン わたくしがお運び致しましょうか?

 一同、そちらを見る。
 そのまま無視。

ギュソン おやぁ?無視ですか。なかなかど     
     うして強いですねぇ。

 ギュソン、家の壁を触って、

ギュソン まあ!なんと質の悪い建築だ!こんな
     モノ、数年後には地震で駄目になりま
     すよ。

 無視にも関わらず続ける。

ギュソン 隣の日本は地震大国ですからね。この
     国も影響は受けるはずです。

 ギュソンはわざとらしく遠くに目をやって、

ギュソン おや?あちらの煙は……火事ですか
     ね?

 驚いてそちらを見る三人。

ソユン 本当だ!おれ消しに行ってくるよ!
ヤスコ 待ちな!私の家に古い消火器がある    
    から、持っていきな!!
ソユン ありがとうおばさん!
ヤスコ ほら、走りな!
ソユン ドゥリはそいつ見張ってろ!!
ドゥリ え、え?!

 二人、去る。

【5】
ギュソン 大変ですねえ。九龍のような街は        
     燃え広がるのも早いでしょう。
ドゥリ ……お前の仕業か。
ギュソン いやですよ、そんなことしません。あ
     くまで、平穏に。
ドゥリ ニタニタ気持ち悪いな……。

 ギュソン、懐かしそうに建物を触る。

ギュソン ここは、御父様……ヨンドンの家です
     ね。
ドゥリ ……。
ギュソン ヨンドン、彼も不憫でしたねぇ。一時
     は成功が約束された漫画家だったの
     に。

 ドゥリ、思いっきり後ずさり、ギュソンを警戒する。

ドゥリ なんでそれを!それは親族しか知らない
    筈だぞ!
ギュソン ええそうでしょうねえ。私たちの     
     両親は学歴もない彼が成功するのを嫌
     っていましたから。たしか、出版社に
     申し出て契約を取り消したんですっけ
     ね。
ドゥリ お前、何者だよ……。
ギュソン 私を只の弁護士とお思いで?いいや違
     う。年の離れた兄の失敗を繰り返さぬ
     よう厳しく育てられた悲しき一人の男
     です。こちら名刺。

 ドゥリは半ば奪い取る様に名刺を見る。

ドゥリ この苗字……。まさか!
ギュソン やっと解りましたか?(笑う)そうで
     す。私とあなたの父親は、年の離れた
     兄弟。もっとも、中学で成績が落ち始
     めた兄の代わりとして両親が急ごしら
     えで作った模造品でしたがね。
ドゥリ 父さんの代わり……。
ギュソン 兄は残念ながら、この家系に生まれて
     もなお勉強ができなかった。当然の報
     いです。
ドゥリ ……。

ギュソン さて、どうです?
ドゥリ は?
ギュソン 金も地位もある私についてくるか、こ
     こでこのまま貧乏生活を送るか。
ドゥリ はあ?何言って……。
ギュソン 悪い話ではないはずです。いや仕方が
     ない。生まれてこの方贅沢を知らない
     のですから、ピンとこないのも当たり
     前。しかし、やはり金があるというの
     はこの韓国では大いに役に立つ要素で
     す。

 ドゥリ、振り返る。
 小さく目を細めた後、ギュソンについていった。
 暗転。

【6】
 ソユン、ヤスコが戻ってきた。

ソユン ドゥリ?

 ソユン、あたりを見回す。
 ヤスコは空になった消火器を片付けながら話しかける。

ヤスコ いやあ、古い家が二軒燃えただけで済ん
    でよかったね。あの家からはもう金にな
    るものは運び出したし、燃えて悔いはな
    いよ。

ヤスコ (返事がないことを不審に思って)ソユ
    ン?
ソユン ドゥリ……?ドゥリ?!
ヤスコ あれ!ドゥリはどこだい?!
ソユン だから今見つかんないの!!
ヤスコ 見つからないって……待ちな、ギュソン
    も居ないじゃないか!あいつまさ   
    か……!

 ソユン、走り出す。

ヤスコ あ、ソユン!!

 暗転。

【7】

 ギュソンはドゥリを自らが担当する会社に招いていた。

ギュソン どうです?ソウルの眺めは。
ドゥリ いいんじゃねぇ。
ギュソン ここから見れば変わらないでしょう。
     負け組も勝ち組も。だから私は、立ち
     退きを命じるのが九龍だろうがイテウ
     ォンだろうが頓着しない。他人は全て
     自分のための存在に変えてしまえばい
    いのですよ。
ドゥリ お前……俺たちより犯罪者だな。
ギュソン 光栄です。

ギュソン ま、そんなわけで……。

 ギュソン、机の奥からケースを取り出す。

ギュソン 約束の報酬です。
ドゥリ うわ……こんなたくさんの金初めて見
    た。
ギュソン これだけあれば、戸籍を変えて潤     
     沢に生きることも可能です。
ドゥリ ……飯食ってくる。

 ドゥリ、少し金を持って去る。
 電話の音。

ギュソン ええ。はい、ギュソンです。……え
     え。はい。ガキ?ああ、彼はまだ殺し
     ません。金は九龍さえ手に入れれば返
     ってくる金額にしてあります。相手が
     貧乏人で助かりました。……ええ。ま
     だ兄の方が面倒そうなので、ガキを使
     えば上手くいくはずです。ええ……、
     では、そのように。

 電話を切る。

ギュソン さて、仕事お仕事。

 ギュソン、去る。

【8】
 ヤスコとソユンは、家に戻ってきた。

ソユン どういうこと……?なんで、何処に 
    も……。
ヤスコ 私らの足で行ける範囲なんざたかが知れ
    てるよ。今日だってスドグォンすら出ら
    れなかった。
ソユン それはそうだけど……。
ヤスコ 怪しいのはギュソンだ。でもギュソンな
    らまたそのうち来るから、そのときにひ
    っ捕まえてやろうさ。
ソユン そうだね……。

 ソユン、家の中からランタンを持って来る。それを玄関前に置いたまま点けて、寝ることにしたようだ。

 暗転。

 翌朝(明転)。

 高いファンファーレの音が、音質の悪いスマホのスピーカーから乱暴に流される。ギュソンはソユンの家の前に立ち、中に音を流すようにスマホを向けている。その傍らにはドゥリがいた。

ギュソン おっはよ〜うございまぁ〜〜す!

 ソユン、嫌そうな顔で出てくる。

ギュソン お〜やおや?どうしたのですか。そん
     なに嫌そうな顔をして。
ソユン 嫌に決まって……(ドゥリに気付く)ドゥ
    リ!!

 その声に驚いて、

ヤスコ ドゥリ?!?!

 と飛び出してくるヤスコ。

ソユン ドゥリを返せ!
ヤスコ その子に手を出してみろ!お前の生命は
    ないと思いな!!

 ギュソンはその言葉に笑みを浮かべて身体をくねらせる。

ギュソン しっかしですねぇ、これはおたくらの
     とこのドゥリ君が望んだ結果なのです
     よ。

二人 えっ……。(ドゥリを見る)

ドゥリ ……本当。
ソユン なんで……。
ドゥリ 単純な話。金が欲しい。
ヤスコ 待ちな!そんなやつから本当に金が貰え
    ると思ってるのかい?!
ドゥリ もう貰ってる。(ケースを掲げる)
ヤスコ !!(ギュソンを睨む)

ソユン お前……家のことはどうでもいいの
    か!!
ドゥリ 家?帰っても帰っても、違法に作った酒
    に酔った父親が幅利かせて、ろくに飯も
    食えず、うるさいわ寒いわ暑いわで安眠
    もできなかった場所が?!
ソユン なんてこと言うんだ!!父さんは……、
ドゥリ (頭を抱えて)兄さんはいつもそうだ!!
    何かにつけて父さん父さん父さん!!も
    う死んだんだよ!!
ソユン 父さんは一人で……!
ドゥリ 一人なんかじゃない!!

 沈黙。
 息が上がっている。

ドゥリ こいつ。ギュソンは、俺らの叔父だ。
ソユン は……?
ドゥリ 父さんは受験を失敗した。だから勘当さ
    れたんだ。

 ソユンたちは暗転。舞台の一部のみが浮かび上がる。

【9】
 古いダイニングテーブルの回りに、三人。ソユンとドゥリの父、ヨンドンとその父母。

父 まったく、こんな学校にも受からないなんて
  恥ずかしくないのか!!
母 やっぱり、部屋に閉じ込めておけばよかった
  んですよ。
父 もう良い。昔から出来の悪いやつだ。二度目
  は与えない。あと一週間やる。仕事を見つけ
  て家を出ていけ。まあ、露天商くらいしか無
  いだろうがな。
母 ヨンドン。韓国で生きるというのは、こ  
  ういうことなのよ。
ヨンドン 待ってください、御父様御母様、もう
     一度チャンスを……!!

 暗転。
 明転。

ギュソン この騒動の後、作られた子どもが私と
     いうわけです。

 二人、絶句。

ギュソン そして厳し〜い英才教育を受けたわた
     しは見事この格差社会に勝ちまし
     た!!晴れて弁護士です!
ドゥリ 韓国での地位は金と学歴だ。金ありゃ裏
    口入学でも何でもできる。学歴がありゃ
    どこでも生きていける。
ギュソン おまけに今は圧倒的ウォン安です     
     からねぇ。とにかく稼ぐことが大切。 
ドゥリ だから俺は稼げる方に行く。それだけ。

 ドゥリ、去る。

ギュソン ……わかりますか。弟さんは私に取り
    入ることで勝ち組になりました。家族や
    伝統にとらわれ、犯罪で稼ぐあなたがた
    は負け組です。いや、血とは争えない。
ソユン なんだよそれ……。

ギュソン 私だって家族は大切です。しかしやは
     り、人間一番かわいいのは自分ですか
     ら。あなたの父親も、子どもなんて産
     んだら苦労させるのはわかりきってい
     るというのに、自分の都合で子作りし
     たんですからね。
ソユン 父さんを悪く言うな……!
ギュソン いいえ悪いです。彼は。
ソユン なんでだよ……!
ギュソン 負けたからです。負け組です。

 ソユン、半ば泣き叫びながらギュソンに殴りかかる。ギュソンには当たらない。

ソユン 父さんはまともで、真面目で、優しかっ
    た!父さんは負けてなんかなかった!!
    貧乏人から奪うことしかしないのが勝ち
    組なら勝ち組になんかなるか!!
ギュソン 負け組も勝ち組も、自分より弱い相手
     から奪わねば生きていけません。人間
     が一人で生きられない理由は、単純に
     自分にないものを奪い取らねばならな
     いからです。
ソユン っ……!
ギュソン ちなみにドゥリ君から九龍を明け渡し
     ても良いと署名をもらっております。
     そちらもご参考に。

 ギュソン、去る。

【10】
ヤスコ 裏切られた気持ちだよ。
ソユン ……。
ソユン 仕方ないよ。

 間。

ヤスコ これから、どうするんだい?
ソユン ……この土地は手放す。
ヤスコ えっ?
ソユン 僕だって、この九龍が韓国にとってどれ
    だけ不要なものか解ってるさ。盗みに出
    て、僕らに対する周りの反応見たらわか
    る。
ヤスコ ……。
ソユン でもそういうことじゃないだろ。僕    
    達はここで生まれて、ここで育ったん
    だ。
ヤスコ ドゥリは、そうは思ってなかったん    
    だな。
ソユン 仕方ないさ。こんな貧乏生活して、金を
    目の前に出されたら僕だって食らいつ
    く。おばさんも、貧乏人の強さはわかっ
    てるだろ?

 ソユン、その場に座り込む。

ヤスコ どうするだい?

 ソユン、箱から煙草を取り出して吸う。

ソユン ま、生きてりゃなんとかなるさ。

 暗転。

【11】
 舞台の一部、ギュソンのデスクのみ明転。

ギュソン よくやりましたね!ドゥリ君!!
ドゥリ どもっす。
ギュソン 君にはやはり搾取する者としての     
     価値がある!この時代に必要な人材
     だ!
ドゥリ 持てる者から盗ったあと、持たなものか     
    ら搾取する。このサイクルを繰り返すこ
    とで、社会のカーストが完成する。
ギュソン そうだ。よく分かってるじゃないか。

 ドゥリ、ギュソンの言葉の途中で机の下から銃を取り出す。盗人時代に手に入れた、中国由来のМ17実銃。

ドゥリ 手ぇあげろ。動いたら撃つ。
ギュソン 何を……、
ドゥリ さっき言ったカーストだよ。俺にとっ
    て、あんたは持ってる人間だ。金も地位
    も。だから奪う。それだけ。 
ギュソン こんなことをして、ただで済む
     と……!
ドゥリ 何いってんだよ。俺は九龍出身だぜ?も
    ともと犯罪者だっつーの。失うものは何
    も無い!!

 ドゥリ、ギュソンに向けて発砲する。

 ギュソンの死を確認し、机から書類と通  帳、印鑑を持ち出す。
 ペンチでギュソンの指を切り取ると、袋に 入れてそのまま立ち去る。
 その場には、ギュソンの血のみが遺された。

【12】
 ソユンは寝転んでいた。
 もう三日ほどこのままだ。

ドゥリ 兄さん!

 ソユンは反応しない。幻聴だとでも思っているのか。
 ドゥリは無反応な兄に駆け寄り、その視界に入った。

ドゥリ 兄さん。久しぶり。
ソユン ドゥリ……?
ドゥリ あのね兄さん。ギュソンは殺した。金も
    ある。だから……。もう苦しませずに済
    むよ。

 ソユン、起き上がり、ドゥリと見つめ合って頷く。

 銃声とともに、赤く染まる世界。
 残されたのは、感謝と慈悲の気持ちだった―。


 無許可での上演・複製はご遠慮ください。
 演劇として上演する場合、上演目安時間は40〜50分です。

 この作品の権利者は桜舞春音および春音イマ、MIQYです。


あとがき

 ここまでお読みいただきありがとうございます😊作者のMIQYでございます✨

 今回の作品は、noteのフォロワー様150人突破記念の小説となります。

 小説の形態は、小説と脚本の両方の要素と機能を併せ持った【戯小説】という創作ジャンルです。ぜひぜひ#戯小説でチャレンジ・拡散してくださいまし(*^^*)

 さて、「ジュセヨ」は、韓国最大のスラム街、九龍村で繰り広げられる物語。生きるとは、成功とは、幸せとは一体なんなのか……。というお話でした。
 近年は日本と同様、多様性の流れが進んでいる韓国国内の風潮ですが、ながらくある特定のレベルを超えた大学に入学卒業しある特定のレベルを超えた企業に就職しないと負け組……なんて時代が続いてきました。
 この「ジュセヨ」はコロナ禍前、今から五年ほど前が舞台なので、まだ色濃かった時期かなと思います。
 大学入試の日には警察車両が学生の移動手段として公式に町中を走り、子どもたちは幼い頃から大学入試に失敗すると行き着く先はチキン屋と脅されて育つ……。本当にそんな状態なのが韓国の教育現場でした。
 
 MIQYも韓国にはご縁がありまして、同年代の高校生よりは韓国国内に詳しいつもりですが、こんなところに発達障がいのあるMIQYを放り込んだら大変なことになりそうやなと思いながら書いてました^^;

 それぞれの幸せを追求できる世界を作られることを切に願いますね。

 それではここまでスクロールお疲れ様でした✨
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 そしてフォロワー様150人ありがとうございます😊

 では、ばいちゃ👋

表紙画像(inshotで編集)

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