最近の本の価値って・・・
おはよう、こんにちは、こんばんは!
今日は個人的に「ここ2~3年、本の価値が落ち始めているのではないか」と思ったことについて書こうと思う。
まず、最初に言っておくが前提として私は本がとても好きだ。
もちろん、有名な作家さんの書いた小説、専門書、、などは本としてしっかりとプロの手により編集が成されて世に送り出されることにとても意義があると思う。
ただ、ビジネス書とか美容、自己啓発系などその人にスポットライトを当てた本などは、ここ最近1000円強お金を払って読む意義がよくわからない、というかもはやその人を売り出すための「広告だよね」って少しおもってしまう。
もちろん、人に知識を与え、希望を持たせるような本はすばらしいと思う。それが一概にダメだといいたいわけではなく、色々な形があっていいとは思っている・・・
だから今日の話は「本がダメになった」というよりかは、「本より安価で有益な選択肢が増えすぎた」というほうが正しい。ごめん。
本を出版する場合、ほぼ年単位で執筆や編集作業が繰り返され、表紙や中身がデザインされ、帯を決め、紙は綺麗に加工され、消費者の私たちの手元に届く。もちろん、それでいい本もたくさんあって、私も素敵な装丁をみると胸がきゅんきゅんする。
でもこれだと単に「情報を仕入れたい」場合、私たちが情報を手に入れるまでの時間がかかりすぎるというデメリットがある。
そして、加工を繰り返すたびに筆者のリアリティがなくなっていくのではないかという懸念がある。というか、本自体筆者の広告でもあるので、結構脚色がかりすぎて、実際筆者と会うと、雰囲気のギャップを感じてしまうことが多々ある。
「知る」手段が増えすぎている今、私たちの「知りたい欲」はどんどん膨らんでいる。
もし、知れることならば、『憧れのあの人は「なう」で一体いま何を考えているのか?』とか『公にはいえないけれどこんなことがあった、ここだけの内緒だよ。』みたいな話が聞けたらきっととても興奮すると思う。
でもそういった情報のタイミングとか、距離感は「出版」という形では実現できないだろう。
実際本が売れて「今をときめく人」としてもてはやされている人が、実はうまくいっていなかったという話を聞いたりする。
結局「目立ったもの勝ち」のようなところがあり、それに翻弄される人々をみると、「本質ってなんなんだろう・・・」と考えさせられる。
もし『信頼できる一次情報をリアルタイムで発信できる人』がいたら、お金を払ってでもその人の情報をダイレクトにすばやくキャッチしたい。
そういった意味では課金制のサロンも悪くないよなぁと思う。
ただ、自分はお試しで5個くらいサロンに入ったことがあるが、これが結構サロンによってクオリティに差がありすぎる。そこに意義を見出せるか否かは人それぞれでもあるのだが・・・
でも、これは実体験として、だが、本だけでなくダイレクトに先端を走っている人たちの頭の中をのぞくことにお金を使ってみるのはとてもよいことだとおもう。
個人的にはお金を払ってちょっと後悔したサロンもあった、お金を出すことだけが一概によいともいえない。でも、それも含めてとても勉強になった。大事なのは「色々試してみること」だ。
やっぱり、情報を受け取る速さと距離感はこれからさらに自分の中で大切な指標になっていきそうだ。閉じたコミュニティがさらにこれから盛り上がって行くと思う。。
と、今日はそんな感じだ。
では、また明日~!!
みっぱ
サポートしていただいたお金で本を買いたいです✽.。(*´ー`*)