〔夏休みいらない〕親のキモチの裏側
この記事は2024.8.15の音声配信を文章にしたものです
目にとまった「夏休みいらない」の記事
このまえネットニュースを見ていて、「夏休みいらない」「廃止してほしい」という親御さんの声がある、という記事がふと目にとまりました。
我が家も小学1年生の長男がいて、わたしも今年はじめて、親としての夏休みを経験しています。
うちの場合は夏休み中も学童で過ごしてもらっていますが、それでも毎日のお弁当作りや夏休みの宿題のフォローなど、(わたしにとってもそれがはじめてというのもありますが)大変さを感じています。
それが、1ヶ月以上の夏休みを学童とかに預けず自宅で過ごすことになったら…と考えると、正直不安になりました。
わたしだけで2人を毎日見る、その大変さを想像すると尻込みしてしまいました。
夏休みがしんどい=無くせばOK?
でも、“夏休みがしんどいから夏休みをなくしてほしい” という意見を客観的に聞いたとき、 その考えが悪いというわけではなく、率直にちょっと切なくなりました。
もし夏休みがその通りなくなれば、親の悩みはきっと格段に減るでしょう。
生活リズムも崩れないだろうし、子どもも毎日学校に行ってくれる。
でもそれは(あくまでわたしの意見ですが)表面的な対策に思えたんですよね。
「夏休みいらない」という親の気持ちの裏には、今の社会の余裕のなさが現れているような気がしました。
「夏休みいらない」に社会の余裕のなさを感じる
家庭の事情はみんな違うことを前提に、本当に誰が悪いわけではありません。
むしろみんな必要だから働き、家事をして、毎日必死で生きているんだと思います。
その中でわたし自身も感じるのが、
・子育てに失敗が許されない、完璧を求められているような窮屈さ
・情報が多すぎて人と比べてしまいやすい環境
・休みたいと言えない、忙しない空気
そういう社会の雰囲気がみんなを飲み込み、追い詰めている気がします。
「夏休みを楽しもう」と前向きに受け止められる余裕すらない、そういう空気であることが悲しいと思いました。
恐らくわたしもその中の一人かもしれません。
今は在宅の仕事なので、そこまでこん詰めているわけではありませんが、もっと仕事がバタバタしていたり外に働きに出ていたり…状況が一歩違えば、限界まで自分を追い詰めていたと思います。
夏休みを廃止してほしい、と切実に願っていたかもしれません。
暮らしにもっと余裕が生まれる社会に
社会の中で生きている限り、わたしたちはダイレクトにその社会の影響を受けています。
それでも、流されたり、世間の当たり前を自分の当たり前と思い込むのではなく、
「自分がどうありたいか」「なにを大事にしたいのか」を忘れたくないと、改めて
このニュースを見て思いました。
みんながいつでも立ち止まれる、余裕が持てる…それが当たり前のようにできる社会になるといいなと思います。
わたしも同じ立場にいる身として、「夏休みいらない」と思う気持ちがすごくわかります。でも一方で、親である人たちの頑張りがわかるからこそ、切ない気持ちや悲しい気持ちにもなりました。
毎日本当にお疲れさまです。
みなさんの考えや意見なども、ぜひコメントで教えていただけると嬉しいです。
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