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ヘリオス 外伝 第6話
師走はお互い忙しかったから、クリスマスはどこも行かずに俺の部屋で過ごした。一華に貰ったプレゼントを開けると、見覚えのあるロゴが目に入った。
「これは、ennuiの?」
「そう。私のとペアなの。重いかな」
そう言って一華は自分の首に飾られているネックレスを指にかけて、前に引いて見せた。リングのかかった同じデザインだ。
「重いなんてことはない。嬉しいよ、ありがとう。ただ……それも、開けてみて」
俺は一華に渡した箱を指さした。一華が慎重にリボンを解いて中を見てみる。
「わ、綺麗」
「貸して」
俺はその箱を借りて、中からアールデコ風の彫金のされた繊細なリングを取って一華の右の薬指にはめた。
「よく似合うよ」
「すごく綺麗。優成、これもennui?」
「そう。俺たちは広告以外にも貢献してるね」
一華は指輪をはめた自分の指を見て、とろんと笑った。
「それから、これも」
俺は部屋の合鍵を一華に渡した。
「……いいの?」
「いいよ。いつでも好きな時に来て」
「ありがとう。優成、大好き」
何度か身体を重ねても、一華は純粋で可愛いままだ。
「一華、俺はいつまでもこんなでごめん。だけど一華のことは真剣に考えているし、一緒にいたいと思う。待っていたらどうにかなるものじゃないかもしれないけど、それでも、もう少し待っていて欲しいんだ」
「うん、私、離れない。ずっと一緒にいる」
可愛い一華。俺は心まで、一華にあげることは出来るんだろうか。
「本日司会を務めさせて頂きます。佐々木昴です」
「山田優成です。よろしくお願い致します」
新春の演奏会では昴とMCを行った。
「優成、ありがたいことに、今日もすごい人だな」
「本当に。満員御礼、ありがとうございます」
そう言って客席を見渡し、一華に気づいてほほ笑むと、隣にいた顎ひげの男がニヤリと笑って投げキッスをしてきた。
どうして井口さんが、一華の隣にいるんだ。
「……成、おい優成!本番で意識を飛ばすな!」
昴に言われて慌てて我に返る。
「失礼しました。本日は美しいお客様があまりに多いので、つい見とれてしまいました」
客席から黄色い歓声が挙がる。
「お前は何人卒倒させたら気が済むんだ。そろそろ警察が来るぞ」
俺は相棒のアドリブに苦笑した。
「それは困りますね。捕まる前にさっそく始めましょう。一曲目はお正月に相応しい、この曲です」
今回は凪先生が結婚してから初めての新春ということもあり、お祝い一色の演奏会だった。凪先生は川崎さんのバイオリンと共演し、割れんばかりの拍手をもらっていた。
俺は披露宴で披露した「寿歌」を6人で合奏した。この幸福感溢れる会場を、演奏が終わって拍手を頂いている中ふと眺めると、井口さんが一華の小さい肩に腕をかけて何か話かけている。凪先生が作り出した新婚の甘い空気にチリっと亀裂が入ったような、嫌な気分になった。
「いつ来たの」
「ちょっと前。食事してから寄ったから」
川崎家で打ち上げが終わってから帰宅すると、一華がいた。
「今日はびっくりしたよ。一華、井口さんと仲良かったの」
靴を脱ぎながら玄関まで来た一華に言う。
「うん、井口さんね、私が読モを始めた頃から良くしてくれていて、ennuiの仕事をくれたのも井口さんなの。私、今日は別の友達を誘うはずだったんだけど、井口さんが優成の演奏会にどうしても行きたいって言うから」
2人で部屋に行きながら話をした。上手く笑顔が作れない。
「そう。食事も井口さんとして来たの」
「うん。井口さんね、優成に会いたいって言ってたよ」
演奏会での井口さんの投げキッスを思い出した。軽薄な表情が、酷く癪に触る。俺は別に、会いたくない。
「話がある。土曜の14時に来られるか?」
バイオリンのアイコンの男からLINEが来た。演奏会が終わったばかりだから一華と会おうと思っていたのに、そんな中途半端な時間ではデートは出来ない。仕方がないが、かけがえのない恩師のご主人だ。俺は嫌々了承した。
14時に行くと応接室へ行くように言われた。ノックをして引き戸を開ける。
「失礼します」
「よお、優成!」
中に家元と川崎さん、それに最近気分を害された顎ひげの男がいた。
「俺は貴方に呼び捨てにされるほど仲を縮めた覚えはありませんが、井口さん」
「まあ呼び方くらいいいじゃないか、俺は君が気に入ったんだ、優成」
顔をしかめた俺を見て、井口さんは笑った。
「俺もこれから優成と呼ぼうか」
パコソンを前に置いた、顔の整った大男が口の端を上げて言う。
「冗談はやめてください、川崎さん」
「それじゃあ私も優成と呼ぶことにしよう」
家元も凪先生と同じ目を細くして笑った。
「家元まで、何なんですか。休日に俺を呼び出しておいて」
俺はウンザリしながら勧められた椅子に座った。
「こちらの写真家の井口さんがね、川崎流としての山田優成の写真集を作りたいんだそうだ」
「......は?」
家元に言われて思わず変な反応をしてしまった。
「俺はな、優成。こないだ君の演奏を生で聴いて、心底君に惚れたんだ。優成は川崎流を大事に思っているだろう。君の写真集が出たら、ますます川崎流は盛り上がる。良いアイデアだと思わないか」
「書籍が売れない今の時代、そんなものに需要は無いでしょう」
井口さんは手を頭の後ろに回して組んだ。
「君は自分の魅力を分かってないな。優成はご高齢のマダムから10代まで幅広く人気がある。これは確実にヒットするね。俺の腕が確かなのは知っているだろう。俺に任せてくれないか」
川崎流に貢献出来るのは嬉しくとも、これ以上忙しくなったら、一華に会えなくなる。
「でも俺は、川崎流の中では大した腕前じゃありません。ただ若手としてYouTubeやMCを引き受けているだけですよ。実力も無い俺が、諸先輩方を差し置いて川崎流の写真集というのは、筋が通らないでしょう」
「だから、川崎流だけじゃなくて山田優成の写真集なんだよ。君を選んだのは部外者の俺で川崎流じゃないし、師範の免許を持つ優成であれば、川崎流として前面に出てもおかしくないんじゃないか」
「その通り。私はやってみても良いと思うがね」
家元が頷いた。
「お言葉ですが、俺にはこれ以上時間がないんです」
「君のいつもの稽古に同行させてくれれば良い。余分な時間は取らないよ。YouTubeの撮影現場と、演奏会の撮影許可も貰えれば勝手に撮る。君の他に、君の相方の佐々木昴君と...」
「失礼します」
その時、ノックの音と声がして扉が開き、凪先生がお茶のセットを持って入って来た。
「凪先生、お茶なら俺がやりますよ」
俺は凪先生の手伝いをするために立ち上がって言った。
「山田君の茶はしょっぱいからな......」
「あはは!」
川崎さんが苦々しく言い、凪先生が声を出して笑う。その途端、井口さんが興奮して捲し立てた。
「あれ、もしかしなくても、川崎凪先生じゃん!俺、滅茶苦茶ファンなんですよ。サイン貰ってもいいですか?」
「井口さん、俺の時といやに態度が違いますね。俺じゃなくて凪先生の写真集の方が良いんじゃないですか」
「凪は俺だけの女だ。水着を晒すのは許さない」
川崎さんに言われて思わず想像してしまい、顔が火照るのを打ち消すように言う。
「誰が水着だって言いましたか」
「凪の写真集か......お父さんは100冊は買ってやろう」
何だか凪先生が入って来た途端、無法地帯になってきた。
「川崎凪先生の写真集も良いんだけどな、男しか買わないだろう。優成、君の写真なら女性は勿論、男でも買う奴がいると俺は踏んでいる。正直君には男も惹きつける魅力がある」
「その言葉、不快でしかないんですが」
「いや、あながち嘘でもないな。俺も山田君の魅力には惹きつけられている」
川崎さんが真面目な顔で言う。
「私、優成くんがライバルになったら、勝てそうにないんだけど」
「そこが山田君の怖いところだ。彼は強敵だよ、凪」
「私も山田君の魅力には、めろめろになっているよ」
家元まで茶目っけたっぷりに変な話をしはじめた。
「でもでも、優成くんには昴くんもいるから、晃輝さんの出る幕はないよ」
「そうか。佐々木君と山田君の仲は親密だったな。口惜しいが諦めるか」
「私があと30年、若ければな」
誰かこの非生産的な話を止めてくれ。
「まとめるとだな、俺は川崎流門下生としての山田優成の写真を撮りたい。撮るのは君の練習風景とYouTube撮影風景、それに演奏会だ。他に余分な時間は作らせない。衣装協力はプルフリに依頼しても良い。そうすれば優成は職場に顔も立てられるだろう。どうだ?」
「良い話だと思うけど、優成くん」
「そうそう、あと一つ。川崎凪先生と優成の『龍歌』を撮りたい。『龍歌』を弾いている時の優成は、たまらないよ。俺はあれが撮りたい」
その途端、そこに居た全員の動きが止まった。俺に気を遣っているんだろう。全くお人好しの集団だ。
「俺の他に入るのは、凪先生と昴ですか」
俺は場の雰囲気を変えるように話を変えた。
「まあその予定だね。許可が得られれば」
俺は本当に時間を考慮してくれるなら、と念を押して承知した。
「そうと決まれば、契約書を作らなければな」
何故だか不気味な笑顔で、川崎さんがパソコンに向かう。
「貴方はそのためにいたんですか」
「勿論」
川崎さんは黒い笑顔を浮かべたまま、パソコンを眺めつつマウスをいじっている。不審に思って凪先生に視線をやると、俺の顔を見るなりまた声をあげて笑った。
「あはは!晃輝さんね、契約書マニアなの!」
「そんな認知度の低いマニアがいるんですか。変わった人ですね、川崎さんは」
玄関まで送ると、靴を履きながら井口さんは意味深に言った。
「一華はいい女だろう」
一華。どうして呼び捨てにするんだ。
「貴方は一華の何なんですか」
「さあね」
井口さんは俺と凪先生、それから川崎さんの顔を見比べて真面目な顔を作った。
「一つだけ忠告する。一華を君のストレス解消に使うな」
俺は何も言えずに井口さんを見つめ返した。
「心がないなら離してやれ。犠牲にするな。いいね」
続きはこちら。
前回のお話はこちら。
本編第1話はこちら。
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