「新札の紙はネパールから来ているのよ。だから新札は、日本とネパールの架け橋なの」
母さんが言った。
嫌だ、僕は日本もネパールも嫌いだよ。
日本は同等にネパールを見ていない。お札の紙になるミツマタをネパールから輸入したのだって、貧乏な国を救ってやろうくらいの気持ちしかない。
ネパールだって日本を対等に見ていない。ヘコヘコして、あわよくば何か恵んでもらおうと思っているんだ。何が架け橋だ。
僕の父さんはネパール人だ。日本人の母さんと結婚して、日本でカレー屋をやっている。顔が父さん似の僕は、よくいじめられた。
「健くんは貧乏な国の人なんだって」
仲が良かった友だちも、1人が僕のことを悪く言い出すと、急にみんな敵になった。
ある日父さんが、ネパール人をたくさんお店に呼んだ。その中に僕と同い年くらいの子どももいた。僕は嬉しくなって、一緒になってネパール語でお喋りしていた。
「Rajのネパール語は違うよね」
「どうせお母さんが日本人だからね」
「いいよな。俺たちはいつまでも、日本で生活するのが大変なのに」
そこでも僕は輪に入れなかった。
僕は日本人にも、ネパール人にもなれないんだ。
「新札が増えてきたねえ」
ばあちゃんはレジのお札を数えながら呟いた。
学校が終わると僕は街外れの駄菓子屋に通っていて、店主のことを、ばあちゃんと呼んでいる。
「健君は友達と遊ばないのかい」
「遊ばない。他の子といると、余計に寂しくなる。僕と気が合う子なんて、日本人にもネパール人にもいないんだ。友達なんかいらない」
「あれまあ」
ばあちゃんはお札を10枚ずつ、まとめながら言う。
「でもね、痛みを知っているあんたは強い。きっと、優しい人になれるよ」
「優しい人になったって、何もいいことないよ」
「そんなことないさ。世界が変わる。毎日何気なく使っているこのお札も、ただの紙なのにたくさんの人の元で働くだろう。それと同じさ。人にあげた優しさも、回り回って返って来るのさ。そうやって少しずつ、世界は良くなるもんだよ」
紅葉のきれいなその日、駄菓子屋へ行ったら休みだった。次の日もその次の日も、閉店していた。不安を感じながら毎日通い詰めたら、木枯らしの吹くある午後、お店が開いていた。
「健君かい」
中には知らないおじさんがいた。
「ばあちゃんと仲良くしてくれて、ありがとう。おじさんは、ばあちゃんの息子だよ。
ばあちゃんね、死んじゃったんだ」
「え」
「脳卒中になってね、一度目は軽かったんだけど、二度目で。ばあちゃん、君のことを気にしていたよ。一度目の発作で入院した時に、君に手紙を書いたんだ」
おじさんにもらった手紙を開けると、震えの激しい薄い字でこう書いてあった。
僕はお店の中で、大きな声をあげて泣き続けた。
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この記事はピリカさん主催の
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応募させて頂いたものです。
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