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【創作】夜行バスの悲劇


※この創作は
 体調の悪い方、また
 グロテスクな表現に弱い方は
 決してお読みにならないでください。
 ある意味ホラーです。



東京へ帰る手段は夜行バスにした。
新幹線よりもお値打ちだし
最近の夜行バスは
とても快適だと聞いたから。


私は乗り物酔いをする。
だから長時間乗る夜行バスは
乗ったことがない。


「最近のバスはあまり揺れないから
 前の席に乗れば大丈夫。
 嫌な臭いも少ないし
 寝ている間についちゃうよ」

私の頭を大きい手で
優しく撫でながら言った彼のことばに
すっかりほだされて
初めて選んだのがこの
「風林火山号」。


慣れない私に代わって
彼がいろいろと手配してくれた。


随分と仰々しい名前だな。
最近の夜行バスは皆
こうなのかしら。

予約した前方の席に
どさっと腰掛け、
荷物を棚に上げる。



ゆったりした座席には
肌触りが良くあたたかな
毛布が用意されている。
それと同じ色でまとめられた
落ち着いた群青色のシートは柔らかく
座り心地が良い。


車内は全体的に青系色で
統一されているから
優しい眠りに誘ってくれそうだ。


ふと見ると
席の前方の網ポケットに
何か入れてある。


あれ、信玄餅だ。
お隣にあるのは、お水。
これは、アイマスクまである。



サービスがいいな。
これなら快適に新宿まで
帰れそう。


いつともなく発車して暫くは
窓の外を眺めていた。

帳面町の空は既に暗く
それに対比した街の灯りが
幻想的に見える。


思いのほか静かに走る
風林火山号は
前方の席に自分以外
人が乗っていないからだろうか。


この世界にたった一人で
こんな夜景を独り占めしている
気分になる。


まるで銀河鉄道の夜の世界だ。


ジョバンニとカムパネルラの
あの静謐な世界。
透明人間になった私が
ひっそりと隣に座って、
楽しんでいるような気分になる。


流れる景色を見ながら
心は彼の大きな手を
また思い出した。


毛布にくるまって
優しく走るバスに乗っていると、
彼の隣にいるみたい。


彼の選んでくれた
快適なバスの中で
眠りの世界と現実を
行き来しはじめたとき、




「はいどうも〜風鈴で〜す!」
「火山で〜す!」

「2人合わせて〜?
 風林火山‼︎ども〜!」


ハイテンションな二人組が
いきなり前の座席から
後ろを向いて
大声マイクつきで話し始めた。


はい?


「えっと、このバスはですね〜、
 新宿までの道のりを
 楽しんで頂こうと
 僕ら風林火山のコントを

 何と無料で長時間観賞できる、という
 素敵なバスなんですね〜!」


「はい、拍手〜‼︎」


チンアナゴみたいな
ひょろりとした風鈴が
どこにそんな元気があるのか
すごい熱量で話し、

名前の通りどっしりした
火山が
あつくるしい笑顔で拍手している。


暗いバスの中
ご丁寧に2人は煌々と
ライトを浴びて嬉しそうだ。


えっ、ちょっと待って。
私、疲れたから寝たいんですけど。



「ていうか何でお前
 風鈴やねん。
 風林やろが!」

「うるせぇ、
 風林やと、かっこつかへんやろ?
 風鈴ならチリンチリンと
 涼しげで風情があるやんか!」


「まだ寒い春先に何言うてんねん!
 お前なんか風や風!
 それでワシが林火山な!」


「だっさ!ネーミングセンスわるっ!」


つ、つかれる!
寝ないと酔ってしまいそうな
気がする......。


「じゃあ俺が風リンカや!
 あたしリンカよ〜、よ・ろ・し・く」


そう言って
くねくねとチンアナゴが
女性の声でしなを作りはじめた。


気持ち悪い......。
今まででこんなに気色悪い
女性の真似を見たことがない...。


「そしたら何か、ワシは山か?
 山だけなのか⁉︎

 いや待てよ、山。
 アルハベットで、ゼット、エー、エヌ。
 めっちゃかっこいいやんけ!」


「何やのぅ、アンタ
 アルハベット、ってぇ〜ん。
 嫌やわ〜ん、うふっ」


ダメだ、気持ち悪くなる。
無視しよう!


そうだ、確かさっき
アイマスクが置いてあった。
あれをして、寝たふりをしよう。


暗闇で手元が
見えにくいけど
えっと、あったあった。

私は面白くもない
気持ち悪いコントを聞き流しながら
急いでアイマスクの袋を開けた。


これで目も合わないし
少しは安心....


って何これ‼︎

黒い眼帯じゃん‼︎‼︎



「あらん、お客さま。
 気に入って頂けました〜?

 政宗くん眼帯」


何で信玄なのに
政宗出てくんの‼︎


「政宗と信玄、
 夢の共演やな!ぐわははは!」


も、もう嫌。
本当に気持ち悪くなってきた。

「あらん、お客さま。
 お顔の色が悪いんじゃない?
 でも、だ・い・じょ・う・ぶ!
 私ね、エチケット袋を
 用意しているのよん?

 今なら5色から選べます。
 どれがいいん?」


そう言って風リンカが取り出したのは、
ギラッギラのラメつきで蛍光色の地に
黒々と信玄の家紋である武田菱が
印刷された
見るも怪しげなエチケット袋だった。


「おお、黄金色を選ぶとは
 お主、なかなかやるではないか。
 さすが政宗!
 ワシの子分にしてやろう!」


どうでもいいから
早くよこせ!


「エチケット袋って
 ネーミングが嫌よねぇ。
 もうちょっと誰でも分かるように
 ゲロ袋、って言って欲しいわ。

 それなら品が無いかしらぁ。
 おゲロ袋、はどう?」


ゲロゲロ言わないで!
本当に気持ち悪い!



「大丈夫よ?
 このおゲロ袋は強いからん。
 ゲロしてからモミモミしても
 出てこないからね?」


やめて!
本当にヤバい!


そうだ、お水も置いてあった。
少し飲んで気を紛らわそう!


えっと、これ!
このペットボトル!


って、何これ

お酒じゃん‼



「あらん、それ

 菊正宗♥️

 お姉さん、いい呑みっぷりね」


だから何で政宗なんじゃあ!
しかも漢字違うじゃんか‼︎


やばい、
本当にやばい、吐く!



ぅおええ〜!


すると風リンカが
優しく背中をさすってくれた。


「大丈夫よ、
 つわりって酷くても
 必ずおさまるから。

 あっと言うまに可愛い赤ちゃんに
 出逢えるわ!」


誰がつわりじゃぁ‼︎


「俺の子?
 俺の子なのか!

 そうなんだな!でかした政宗!
 名前は俺に命名させよ!

 俺の名ZANのように
 イカした名前をつけてやる!」


だれがあんたの子じゃあ!

イカした名前、じゃなくて
イカれた名前じゃあ!


ぜえぜえ。


これ、
新宿に着くまでこんな感じなの?
私、もうダメ。


後部に座っている他の客は
ヘッドホンをして眠りについている。


だから前の席だけ
空いていたのね。
酷い、酷いよ。地獄だ......。


ふと携帯が振動した。
彼からのLINEだ。
助けて!


「お前ふざけんな。
 二股かけてたことなんて
 俺はとっくに気づいてるんだ。
 風林火山号で新宿まで苦しむんだな」



(完)


なんかすみません......。



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みおいち@着物で日本語教師のワーママ
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