ロンドンのイマーシブシアター・没入型演劇レポ
2023年3月にロンドンでいわゆる没入型演劇を鑑賞した。ネタバレ込みのレポと感想。会場内撮影禁止なのでほぼイメージ画像でお送りします
前置き
演劇に精通している先輩に是非行って欲しいと言われて、何も知らないまま行った。私は演劇は詳しくなくて、劇団四季のミュージカルを数回見たことがあるくらいで知識はない
鑑賞した次の日くらいに感想等メモしていて、完全に忘れていたけどせっかくだから頑張って書いた。読みにくいと思う…ごめんね…
前提知識
イマーシブシアター・没入型演劇とは何か?
会場に向かう
会場はロンドン中心から電車で30分ほど。入場時間が20時ごろで、駅近だったんだけど観光地ほど人がいないし暗いし街並みの雰囲気的にもジャックザリッパーが出そう!!とテンションが上がった。
会場前に数人並んでいて、順にチケットを見せて屋内へ。若く見えたのか、年齢を聞かれた。「ダーユー?」って言われて、????ID??パスポート見せろってこと??ってなってたら、How old are youのことだった。
観光客は全然いなくてみんな現地の人っぽかった。
導入
屋内に入ったら、そのまま列が続いていて、受付みたいになっていた。同じようなイメージでZeppしか思い浮かばないんだけど、薄暗くて人がいっぱいいてざわざわしてて順に並んで会場に入るみたいなそういう感じ。
荷物の持ち込みができないことや(ある場合は預ける必要がある)、渡される小さなポシェットに電源を切ったスマートフォンを入れてといった指示がある。そのポシェットを順番にスタッフに渡して、小さな鍵をかけられて奥の部屋に進んだ。会場内では一切スマホが触れないらしい。そしてトランプを一枚ずつ渡された
入った部屋は、BARがあり、小さなステージのようなものがある…
バーカウンター・ソファ・小さなステージとドラムセットなどがある、少し昔の洋画に出てきそうな、クラブのような空間。スモークがガンガンに焚かれていた
まあまあの人口密度で、バーに並んでなんか飲んでる。とりあえず並んでみたら、ほんとに買えるらしく、酒弱いのでオレンジジュースにした。5ポンドした…(900円くらい)
普通にいきなりこんな空間だから、もう始まってるのか、誰が演者で誰が客なのかわからない。戸惑ってたら、トランプの番号が呼ばれる。呼ばれたところに行くと、さらに奥の部屋があってそこに進むよう案内された。15人くらいのグループで進んでいく
入ったら通路があり、(ちなみに会場はずっと薄暗い)白い仮面が一面に並んでいる…
そして、それをつけるよう渡された。youtubeにその仮面をつけた観客の様子があったのでスクショ↓
こんな感じで観客は皆同じ仮面をつける、マスクの上からでもできるような形状だった。
これなら演者と区別がつくし、つけてみると、自分も仮装してるような気持ちというか、衣装をつけてる気持ちというか…「マスクをつけて覗き見ている人」という役を与えられて作品の中に入っているような気持ちになれるな、と振り返ってみて思う。
そしたら、おそらく事前の注意事項が説明された。英語だから断片的な理解だけど、Safetyですよとか、会場の小物は触っていいけど持ち去らないでねなどと言っていたと思う
さらに進むと、小部屋になっていて、女の役者が一人いて、真ん中に展示台のような箱がある。何か言ってるんだけど、1ミリも聞き取れませんでした。
女が何か問いかけると、いきなり観客が1人先に次の部屋へ進んだ。なんで?
その後みんなぞろぞろ次の部屋に行くので、ついて行ったけど、女に言われて観客の一人は部屋に残った。なんで?何を言われたんだ…
次もまた小部屋で、今度は無人でプロジェクターによる映像や家系図や、割れた箱などがおいてあった。そして、周りの様子を見ているとここから先は指示はなく自分たちで進むようだ
進むと、布でいくつかに仕切られた空間が広がっていて、さまざまな小物が置いてある。ここから観客はバラけ始め、完全に自由行動になる様子
上演の様子
物色しながら、歩き回ってみていると、何か音?音楽?が聞こえてくるので、音のする方に進んでいくと、広い空間が広がっていた
入ると人がたくさんいて、広い体育館のような空間にはハの字に近い形で組まれた丸太のようなポールのようなものが二つあった。絵だと近いけど、実際はかなり間隔がある。
同じように布のエリアから出てきて、なんだこれは?となっている観客が群がっていたのだが、そこに紛れて背後からいきなり演者がヌルッと出てきた。マジでびっくりした。仮面をつけていない&タンクトップで筋肉がすごいからすぐわかった。
演者が二人出てきて、中央のポールのようなものでパフォーマンスが始まった。雰囲気としては、演劇なんだけどノンバーバルな感じで、肉体表現?が中心で、でもストーリーはなんとなくあり…みたいな感じ。
ちょっと起きたことやストーリーを全て書こうとするとめっちゃ大変な気がするのでやめます。この先は印象に残ったところを書いていく
とにかく演者が近くて、1.5m範囲にいるといった感じ。とりあえずこの二人について行ってみんなで囲んで見る。途中から、二人の演者が別行動を取り始める。ドラマで言うと別のシーンが同時並行で始まる感じ。観客はそれぞれ好きな方についていく
エリアとしては、右手にはしごがついていて、演者がそこから上に上がったりする。右手奥に階段があるので、観客がその演者についていきたい場合は階段で上がる。
左手には、レッドカーペットのついた大きな階段があり、そちらからも上に上がることができる。2階のフロアにはまた異なるセットがある。上のフロアから一階を見渡すこともできる。
とにかく広い!規模がでかい。セットも非常に凝っていて、一階の奥の部屋には、床が全て砂で敷き詰められた空間もあった。
劇の流れ
途中まで見ていて、「同時に複数の演者がそれぞれの部屋でシーンを進めたら、自分が見れない場面もあるということで…それで成り立つのか?」という疑問があった。しかし、みていくとそれを自然に解消する仕組みになっていることに気づいた
このように、あるタイミングで、全く同じシーンをもう一度繰り返される「2回目」の時間がある。その区切りは全くなく、突然始まるのだが最初の1階のポールのパフォーマンスのシーンから始まるので、あ、ループしてる?というのはすぐわかった。その後、二人の男がまた別行動を取り始めるので、今度はさっきついていかなかった方の男について行った。
同じ人を見ても別にいいし、自由なのがいいと思った。
2回目が終わると、同時並行していたシーンが一つに集結していき、エンディングはひとつのシーンで行われた。
終始、セリフはほぼなく、叫んだり、苦しんだりなどの声をあげる程度で、身体的なパフォーマンスが中心だった。
特に装置として記憶に残ったのは、シャワーがあって、実際に演者が全裸でシャワーを浴びる場面があったのが結構衝撃的だった。観客によっては、水飛沫浴びてない?ってくらい近寄ってる人もいた。
終わり
今まで、スマホを鍵付きのポシェットに入れてから全ての流れがとてもシームレスに続いていたけど、これどう終わらせるんだろう…と思った。が、最後は一通り盛り上がるシーンがあった後に、演者が異性の観客の手を引いてペアになって出口まで連れていく形で、そしてそれにあぶれた観客はついていく形で、最初のバーまで連れ戻された。
その時は、まだ次の展開や別の部屋があるのか?と思っていたが、気づいたらバーに戻っていたのでびっくりした。そして、本当に一瞬で演者がバーの人混みに紛れてしまった。
しかも、ミニステージでバンドの演奏?が繰り広げられていたし、すでにそれを楽しんでる客がいたので一瞬で誰が誰かわからなくなり、今まで見ていたイマーシブシアターが夢で、ずっとこのクラブのようなバーのような空間にいたような気持ちになった。でもお面は持っていたので、それを返して外に退場した。疲れていたからすぐに出たけど、バンドの演奏は続いており、その演奏を見続けても良いような様子だった。そういう演出なのか、それとも普通にそこはステージとして使われてる場所なのか全くわからなかった。
まとめ
話についてはあまり理解できなかった。多分、英語とかじゃなく、他にもわかってない人結構いたように思う。終演後にみんな家系図見てあーだこーだいってたので…
でも体験としてはすごい印象が強くて、全部新しい体験ですごかった。
会場は、元は軍需工場らしい
起きたことをありのままに説明するのむずすぎる、力尽きたからまたちょこちょこ直したり書き足したりします
追記:日本に帰ってから思ったこと
日本に帰ってからしばらくして、初めて日本の「イマーシブシアター」と謳っているものを見てきました。結論から言うと正直かなりしょぼかった。その理由を考えてみる。
1. 導入が日常すぎる
2. 見慣れた顔
3. 喋りが大根に感じる
1 導入が日常すぎる について
まずこの記事の始めにも書いた通り、異国の地で鑑賞するというだけでまずパワー。駅を降りた瞬間からもう異世界なのでそれによる効果は大きいと思いました。
日本で見たときは、上野駅周辺の商業ビルの中の一つの店舗エリアのような場所だったので、辿り着くまでの道のりに非日常感は全くなかったです。仕方ないかも。
ディズニーリゾートやUSJは、都市部からはほんの少し離れた場所にあり、駅からエントランスまでそこそこ歩くのがワクワクさせるための一つの要素になっているけれど、生まれ育った見慣れた国で「施設に入る前の導入」を作るにはこれくらいの規模になってしまいそう
2 見慣れた顔 について
西洋人の掘りの深い顔、体格の演者と観客ばかり、という状況がもう、自分が変な世界に迷い込んでしまった感を生む。
日本人に囲まれて日本人が演じるのを見るのでは、当たり前に全く違うクオリティに感じてしまった。
舞台特有の濃い特殊なメイクには意味があるんだなあ、と思った。
距離の近さのせいで、「あ、普通の人だ」みたいな感じがしてしまう。
3 喋りが大根に感じる について
単純に、ストーリーと舞台設定の問題もあるかもしれない。日本で見たのは、明治時代の推理モノ(うろ覚え)だったので、突飛な衣装やメイクの人は出て来ることがないというか。
セリフが結構ちゃんとあるので、喋るんだけど、その喋りが、変に芝居くさいというか…。舞台上だったら、もしかしたら馴染むのかもしれないんだけど、それをそのまま同じ目線で近距離で繰り広げられると茶番のように感じてしまった。
途中に挟まるダンスもあまりレベルの高いものではなかった。(近いのでより一層求めるレベルが高くなってしまうのかも)
そういった点からロンドンでのイマーシブシアターを振り返ると、セリフがほぼなく、肉体美や動作で魅せ、抽象度の高いストーリーを展開したことが、世界にのめり込み、鑑賞者にあれこれ考えさせる余白を持っていたのではないかと思う。
以上。書きながら、この二つはそもそも規模感も値段も違うので比べる対象ではないな、と思って消そうとしたけど、比較したことによってロンドンの方でなぜそういう演出だったのか?みたいなところが少し考察できた気がしたので残してみます。
日本のもっと大きい規模のイマーシブシアターにいつか行ってみたいです。