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天才と…紙一重
よく、昔から天才と何とかは紙一重と言われますが…(・・;)
個人の主観と経験で話してますので、理解出来にくい部分は、スルーでお願いします。
うんまぁ、世間のチョッと斜め上を行く人を集めてみても、斜め下を行く人も、案外と何か秀でるものがあるのかもしれないですね。
昔の偉人も少し変わり者だと言われたりして、今思えば、時代の異端児や異端者は、何かを成し遂げて成功してたり、歴史に名を馳せた人も多い。
ココカラは、個人の考察と身近なお話です。天才とは別に、こういう人もいるのだなという漠然とした話です♡
私の父は戦時中・後の混乱期に幼少期に育ってました。未就学〜就学してました。
元々、美術の先生も一目を置くほどに、専門校への推薦もあったほどです。学費は出すので是非ともと言われていたのに、(父の父)祖父は話をけってしまいました。
才能を発揮できず、子供の夢をつむ親もいるのです。
ドリームキラーは身近に存在する。
ドリームキラーとは、他人の夢や目標に対してネガティブな言葉を投げかけ、せっかくの意欲をそいでくる存在。「無意識的ドリームキラー」と「意識的ドリームキラー」などなど。
戦後、中学校で絵の展覧会で出品し、どこかの社長が気に入り、お金を積んでも渡さなかった、校長がいるそうです。
【この絵は売り物ではありません】と父の絵を大切にしてくれました。
父は油絵が得意なのですが、結局、進んだ道は、彫師というダークサイドでした。美術の先生が舌を巻くほど、小学校は、理科の先生に頼まれて、頭蓋骨の標本を書いてたそうです。
人の肌に彫る仕事というのは、気を遣うそうです。芸術家だからか、神経質で、繊細な人は多いですよ。
私は、男社会の波乱万丈な世界をみて育ったので、男の子に産まれたら、とーっても楽だったのですが(・・;)名前からして中性的な名前でした。性別にコダワリが全くありません。むしろない方が望ましいとはさえ、思ってた、思春期でした。
父の葬儀では、色んな人に、慕われていた様ですけどね。家族に愛情や執着があり過ぎたら、周りは疲弊しますよね。常に不安感や自己否定感や自己受容感が低いと、何をしても自信が持てなくなりますもんね。1つの愛情に固執したり、結局、空回りして、身近な家庭で酒乱・暴力したりするんですよ。
亡くなる前の父は、暴れるメンタルもありませんでしたが【自由に生きていけ!お前は、そのまんま、考えすぎず、思った通りに行動していけ!】と言われまました。確かに、悶々と考えていたら、チャンスを逃すし、こういう家庭環境で社会や人の目を気にしてたのだけど、根性なしと勘違いされてたんですけどね。この年齢で考えなくて良い事を考えないといけなくて、苦しかったです。
考えてみたら、人の事を気にしすぎて、自分自身の人生を楽しく生きていけないのは、苦しいもんです。
そういう父が最期に【お前はワシを恨むやろう】と云われましたが、確かに、恨んだ時期はありました。家庭環境で、社会では、そういう家庭の子供という、ラベリングされて育ってきて、私生児で戸籍は、母が作ってくれたけど、実父には、認知されて無かったから、いつも、居場所を探してました。
そういう親も、世間の生きにくさに悩んだ人で不器用だったのでしょう。人柄は、色んな人に好かれていたと思います。
愛情はあるのに、世間からすれば、親を恨まないといけないのは、本当は、辛いですよね。
世間の目を気にしないのは、難しいですが、自分自身の人生を後悔しながら、生きていくのは、勿体ないです。人生は一度きり、それを世間と自分と折りあいをつけながら、楽しみましょう!(*˘︶˘*).。*♡
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