愛と喪失感と、いとおしい日々のこと
おだやかな日曜日の夕暮れどき。
ハチ(旦那さん)が掃除やら洗濯やらお風呂掃除やらをみんなてきぱきと済ませてくれて、ビールも買ってきてくれたのでわたしはこれから牛タンを焼く。
牛タンは、スライスされていないものをコストコで買った。分厚めにスライスして牛タンステーキみたいにして食べるのだ。楽しみだ。
楽しみ……だ、けれども、わたしの心は晴れない。わたしの心が晴れないのを知っているからハチはいろんなことをしてくれているのもわかる。やさしいな。ありがとう。
それでも晴れない。
かんくん(中2息子)が、とうとう野球をやめてしまったから。
といっても彼は中学の野球部にも所属しており、またクラブチームにも所属していたので、正確にいうとやめたのはクラブチームのほう。「野球部はどうするの?」と聞いたら、「え?野球部はつづけるけど?」と、当然でしょ?といわんばかりのテンションで返ってきた。
クラブチームで選手としてやっていくことを、やめたかったみたい。
先週の土曜日に監督たちに「やめます」と話しにゆき、すぐには承諾できないのでしばらく休部という形で考えてみてほしい、と監督やコーチ陣たちからは返答があり、休部ということになった。
それから、わたしの心は晴れないままだ。
ふと折に触れては、まだ小さかった彼との二人三脚でやってきた少年野球ライフのあの大変だったけれどもかけがえのなかった日々がフラッシュバックしては、つらい気持ちになる。
本人(かんくん)はいたって楽しそうで、気が楽になったようで、自由になったはじめての週末を友達と出かけたり、今度の体育祭で出場する1500メートル走のトレーニングをしたりと晴れ晴れと過ごしているのとは対照的だ。
でも、このつらい気持ちや晴れない心のことを、悪いことだと思っていない。
これは解決すべき問題だとか、取り除くべき病理だとかも思っていない。
むしろわたしはこの喪失感を、とても大切なものとして感じている。
こんなにも悲しく、つらく、喪失感に苛まれているいるのは、そこに愛があったからだ。
わたしは野球少年として一生懸命がんばっている彼の姿を愛した。小さい体で懸命に打って投げて走る彼の姿を、だれよりも長く深く見つめて、愛した。
わたしは7年間お弁当を作り続け、毎夜「ママ、みてて」という素振りを眺め、バッティングセンターに連れてゆき、早朝から遠征につれてゆき、合宿に帯同し、声を張り上げて応援した。
野球をやっていたのはたしかに彼だったけれど、でもそれらはわたしの人生の一部であり、わかちがたいものであり、いつかは終わると知っていたからこそ愛おしい日々だったのだ。
わたしの喪失感が大きいのは、わたしがそれを愛したから。
だからわたしはこの喪失感でさえも、愛しく受け止めている。
こんなにもつらいなんて、思わなかった。わたしはほんとうに、ほんとうに、かんくんのピッチングが好きだった。アウトを取るたびに、後ろを向いてチームのみんなに指をかかげて「ワンナウトー!」っていうところが好きだった。
打たせて取るスタイルだったから、スリーアウトチェンジのときは、取ってくれた野手の子たちと嬉しそうに体を寄せてグラブタッチする瞬間が好きだった。
きっとわたしの人生には、これからもどうしようもない喪失感を抱き続ける時間がやってくるだろうと思う。
だってそういうものだから。
わたしがだれかを愛せば愛するほど、なにかを愛すれば愛するほど、わたしの人生が愛でいっぱいであればあるほど、失ったらきっと身を切られるようにつらいにちがいない。
けれども、その痛みこそがすばらしいのだと思う。
この痛みが教えてくれている。わたしがどれだけ、この日々を愛していたかを。
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