よく晴れた冬の日の話
「坊や」
おじいさんは傍らの男の子に話しかける。
男の子はさっきから積み木を積んでは崩している。
よく陽のあたる縁側の廊下。南向きの、この場所が、冬のこの時期午前10時すぎには、いちばん暖かい。
「坊や」
家の者たちは皆、朝から年末の大掃除で、畳を外に干したり窓ガラスを拭き上げたりと忙しい。
おじいさんは子どもと縁側で日向ぼっこ中である。
「庭の向こうに藤棚があるんやが」
子どもは積み木を車に見立てて廊下の道路を走らせはじめる。
「あの藤の木の実はお昼過ぎになると乾いてはじけてここまで飛んでくる」
縁側から藤棚まではゆうに二十メートルはある。藤棚は庭の更に向こうにある公園のはずれに位置していた。
それだけ離れた藤の実が、ここまで飛ぶというのはなかなかにお伽噺めいている。
「藤の実は朝のうちは露で湿っているんやが、それが日が当たると乾くからはじける」
子どもは積み木でトンネルを作ってから積み木の車をその中に滑りこませた。
「勢いよくはじけるから、この部屋の障子を貫くこともあるんやで。ほら、」
おじいさんが指さす部屋の反対側の障子に一つ穴が開いている。子どもはツッ、とそちらを見た後、また積み木バイパスの開発に取り組む。
「昼からは藤の実がここまではじけて飛んできて、坊に当たるかもしれん。そんな事になったら一大事やからな、わしが坊のそばにおらなあかんな」
子どものバイパス工事はあらかた出来上がった様子で、赤い積み木と緑の積み木はこれから岐阜までドライブに向かう準備にかかったようだ。
「じいちゃん」
子どもが赤い積み木を手渡すと、おじいさんはにっこり笑って受け取り、
「どれ。出発の時間ですかな」
二人して岐阜までの積み木ドライブに向かおうとしたところで、子どもの母親が早めのお昼ご飯を運んできた。
「あら、じいちゃんと積み木遊びしてるのね。」母親が子どもに話しかけた。
「今日は一日天気がよくて暖かいから助かったわ。まだまだする事がいっぱいあって」
お昼ご飯の玉子とじうどんを食べながら、おじいさんは藤の実が飛んできた時の事について思いをめぐらせ、子どもは積み木の車で出発した後、どこに行こうか何をしようか考えていた。
冬の日ざしはやわらかく縁側に降りそそいで、いつまでも、おだやかで、暖かかった。
稲垣足穂の『藤の実の話』をアレンジして作りました。元の話は佐藤春夫宅での藤の実の話を足穂が誰かに話して聞かせているという会話形式の作品ですが、どことなくおかしみがあって好きな話です。
年末にちょっとぼんやりした時間を過ごしたい気分が出せたらと。