誰もが特別なアーティストとして生きる
興味をもって調べたり学んだりして、ずっとアンテナを張っているキーワードがいくつかわたしの中にはあって。
「自然体で生きる」「循環」「生命体」「ありのまま」「五感」
もっと細かく辿ればいろいろありそうですが、こんなワードを中心に、情報収集をしている自分がいます。
そこで出会ったのが、ある一本の映画。
それが『サティシュの学校』です。
インド生まれのサティシュ・クマールさんは、現代を代表するエコロジー思想家。イギリスに定住した彼は、シューマッハカレッジを創設します。そこで彼が目指すものは、人間の身の丈にあった暮らしや生き方をするということ、本来の教育のあり方を取り戻そうというものです。
サティシュさんの言葉、「みんなが特別なアーティスト」というワードに惹かれ、この人の考えもっと知りたい!と思い、映画を観ることに。
彼の考えの中で、自分が心地よく共感できたことは、人間も自然の一部であり、私たちの生き方を自然界の植物や現象に重ねて捉えておられる部分であるように感じました。
「木はすべての季節を受け入れていて、川はこだわりなく常に流れ続けている。」
人間もそんなふうに、自然な流れや振る舞いに心地よさを感じられるような気がします。背伸びをしてカッコつけ、無理をして取りつくろうことをやめてしまえば、どんなに楽なことか。
頭では分かっていても、できないのが人間なのかもしれませんが、その弱さを見せ合える関係性ができれば、そこから個の想像力や創造性が広がっていくように感じます。
自然は、そこに存在するだけで価値があります。木があり、花が咲いて、山があって、川が流れる。そのこと自体に価値があり、誰も他に求めたり、他を咎めたりしません。「木が影をつくるから価値があるのでしょうか?」という問いがありましたが、これをつまらない質問だと感じつつ、わたしたちは「何かができる」ことに価値を求めがちです。
一人の大人として、誰かにとっての他者として、わたしを見つめる自分として。
大切にしたい価値観のヒントが、たくさん散りばめられた作品でした。
すでに在るものを引き出すことこそが教育であり、教育が、人間という器に、ものを詰め込む行いになってはいけないという言葉もその通りだと納得させられました。
生きることは、想像力を精一杯つかって、自分を探す旅をすること。
スローでスモールな生き方をシンプルに紡いでいくこと。
非効率に、時間をたっぷりつかって、内なる自己を表すプロセスを見つけていくこと。
言葉で受けとったものを、自分の中にしっとりすっきり染み入れるように受け入れるために、時間をかけて、少しずつ噛み砕いて行けたらと思います。