Lycian Way #5 ~deep in Turkey~
肝心なことが分からない。
静寂な野営地で一晩を過ごした。
テントの中に太陽の日が差し込むのと同時に起床。
いい朝だ。
「今日も一日頑張ろう!」
そんな気持ちでササっと荷物をまとめて野営地を後にした。
この日は約20㎞先のパタラビーチ≺Patara Beach≻を目指す。
山からいくつかの小さい町を経由して海を目指す。
基本的には下り道だ。
歩き始めてから30分ほど経った頃、小さな集落を通りかかった。
この集落には、昨日から目指していたシジマ遺跡がある。
集落に入ってすぐ、一人のおばあさんに声を掛けられた。
そのおばあさんは、「朝飯食わんか?」と僕を誘う。
もちろん有料だ。
僕は出発前にチョコバーとナッツを食べていた為、「いらないです!」と断り、その場を立ち去ろうとした。
しかしおばあさんもしぶとく、すかさず「チャイはいるか?」と言う。
僕は悩んだ。
「まだ歩き始めて30分だぞ。ようやくエンジンがかかってきた頃なのに。」
「でも温かい飲み物は飲みたい…」
「ん~…」
結局、僕はチャイを頂くことにした。
3日前のホテルでガスバーナーを捨ててから、朝に温かい飲み物を飲むことがなかった。
この日は標高も少し高いせいか、朝は気温が低かった。
それに、チャイなら安い。
そんな感じでおばあさん宅にお邪魔させて頂いた。
階段を上った先の庭には、大きなテーブルが置いてあった。
ここで家族や近所の人、ハイカーに食事を振舞っているのか。
そう思った。
一杯目のチャイを飲み終え、二杯目のチャイをお代わりすると、赤いお菓子も一緒に出てきた。
名前は忘れてしまったが、甘くて歯にまとわりつくタイプの砂糖菓子だ。
僕はチャイに角砂糖を2個入れて飲むのがマイブームになっており、この時も明らかに甘そうなお菓子が来たにも関わらず、角砂糖2個をチャイに沈めてしまった。
その後はご想像の通り、頭が痛くなるような甘ったるさに襲われた。
そんな時、もう一人別のおばさんが階段を上がって庭に入ってきた。
近所の方だろう。
僕の隣に座り、親しげに声を掛けてきた。
僕は出身地から、Lycian Wayを歩いていることなど、挨拶がてらおばさんに話した。
すると、おばさんは
「あなた日本人なの!?」
「つい数日前、シジマ遺跡を見に日本人の男性が来たわよ!」
と言う。
写真も見せてくれた。
記憶が確かであれば、その日本人は大学の研究者と言っていた気がする。
失礼だが、こんな集落にわざわざ来るのは、この道を歩くハイカーか遺跡の研究者くらいだろう。
僕は日本人が少しだけ近くにいたことを知って嬉しくなった。
そのおばあさんは、Lycian Wayについての話もしてくれた。
スマホの地図を指差しながら、
「このルートは今こっちに変わってるよ。」
「こっちの道もあるけど、こっちの道のほうがショートカットなのよ。」
と、
これから歩く道のことを細かく教えてくれた。
もっと言えば2週間後に歩く道の情報も教えてくれたが、あまりの情報の多さにギブアップ。
僕「情報が多すぎて覚えられないです…。」
角砂糖2個沈めたチャイと甘くて赤いお菓子の最強カードを持ってしても、脳の処理が追い付かなかった。
少し長居しすぎてしまったため、手早く出発の準備をした。
別れ際、シジマ遺跡の場所を聞いたら、
「そっちの方にあるよ!」
と一言。
僕はその集落をフラーっとトレイルに沿って歩いた。
シジマ遺跡への看板も見つけた。
その看板の先へ進んでも民家があり、これ以上進んでいいのかどうか分からず引き返した。
結局、確実にシジマ遺跡と言える建造物は見当たらなかった。
おばさんたちの元へ聞きに戻るのも面倒臭いし、絶対に見たいというこだわりもなかった為、先へ進んだ。
2週間後のルートを詳しく教えてくれたことはありがたかったが、目の前の情報をもう少し詳しく教えて欲しかったなと…笑
まぁ自分で見つけられなかった僕が悪いのだが。
肝心なことが分からなかった。笑
「流し」になってはいないか…
シジマ遺跡を見つけられなかった僕は、あれから数時間ほど歩いた。
そこで、とある民家のようなレストランのような建物にたどり着いた。
そこにはジュースのびっしり詰まった魅惑の冷蔵庫が置いてあった。
僕はそこで休憩を取ることにした。
13時を過ぎていたこともあり、あわよくば昼食もいただこうと思った。
そこがレストランなのか、民家なのかはっきり分からなかった点は、メニューがあるわけでもなく、「何が食べたいんだ?」と客に聞くオーダースタイルだったからだ。
そこの人達は英語が通じなかったため、道中で知り合ったトルコ人ハイカーの3人組に通訳をお願いした。
僕はパンが主食の生活にうんざりしており、ライスを注文。
20分後、念願のライスが到着。
ライスはあっさりとしたピラフのような味。
さらにトルコ朝食の大定番、きゅうりとトマト。
ここの味付けは最高だった。
飲み物はアイランという甘味のない飲むヨーグルト。
そして極めつけにパン!
ここまでやるか。笑
どうしてもパンを食べさせたいんだなトルコ人は。笑
「ライスにパン?きゅうりとトマトにパンを合わせるのは分かる、ただこの量のライスとパンはお腹に入らないぞ…」と心の中で呟いた。
お腹がはちきれそうになりながらも完食。
頂いたものはしっかり食べるのが礼儀と言うものだ。
シンプルな見た目だが味は絶品。
久しぶりにお米を食べれて幸せな気分に浸った。
昨日といい、今日といい、お昼に腹十分目までの食事を摂ると、歩く気が全く起きなくなる。
お腹が重すぎて物理的にも歩けないのだが。
お腹の様子が落ち着くまで、まったりと休憩を取ることにした。
目的のパタラビーチまで2時間ほどで着く距離まで来ていた為、焦りは微塵もなかった。
トルコ人グループは飲み物だけ飲んで先に出発していた。
通訳のいなくなった僕はGoogle翻訳でお母さん達とコミュニケーションをとりながら、そのひと時を過ごした。
お腹の様子が落ち着き、そろそろ出発しようと準備を始めた時、レストランのお母さんが「それは何?」と黒い防水カバーがかけられた僕のギターを指差した。
お母さんは「この子にギターを聞かせて!」と、抱えている赤ちゃんを揺らしながら言う。
僕はギターを手に取り、定番になりつつある「ダディ・ダーリン」を演奏。
お母さんはそれを録画しており、演奏後にスピーカーを通して大音量で再生。
それを聞いて喜ぶお母さん。
赤ん坊は泣きも笑いもせず、無表情。
僕は少し恥ずかしくなった。
でも、こうしたコミュニケーションの取り方を望んでギターを持ってきていただけに「よかったなぁ。」と、心の中でその瞬間を嚙み締めた。
「流し」のような旅なりつつあるなぁ。
あいにく、リクエストに応えられる幅も技術も持ち合わせていないのだが。
原始的体験…??
素敵なご家族が営んでいるレストランを出発してから2時間ほど歩き、目的のパタラビーチに着いた。
早速、受付をしようとスタッフと思しき男性に声を掛けた。
彼はタープの張られた日陰の中にある椅子に腰かけ、ジュースやビール、スナックや焼き芋を販売していた。
僕はキャンプ場に着くと、その日の活動を祝うかのようにキンキンに冷えたジュースで祝杯を挙げる。
勿論一人だ。
そんな時は、偶然出会った赤の他人でも同じ旅に参加している仲間のような錯覚に陥る。
あながち間違いではないのだが。
そうやって、出会う人とタバコを吸いながら会話をする瞬間は堪らなく楽しい。
この日も例に漏れず、会話を楽しんだ。
この地域は、美しいビーチがあることから近年ホテル開発が進んでいるという。
お金持ちが美しい山を削り、そこに美しい建造物を建てる。
彼は「人間が美しい自然を汚す。」そう言った。
その通りである。
この地球上で自然を汚さずに生きていける人間はいない。
自然に対して、いかにローインパクトに接することが出来るか。
それが僕達、地球人に出来る最大の配慮であり、敬意なのだ。
そういった開発をひどく非難する者もいれば、リゾート地が出来ればその土地にお金を落とす観光客が増え、豊かになると考える地域の方もいる。
その地域のお金の流れという観点だけ見れば生活が潤うだろう。
しかし、美しい自然が失われ、汚されるという事実もまた存在する。
そこで暮らす地域の人はどのように思い、それを受け入れるのか。
しかし、結局はお金が物を言う世界。
お金が無く、社会的地位の低い人たちにはどうすることも出来ない。
起こってしまったことをそのまま受け入れるしかない。
正直なところ、そうすることしかできないのだろう。
そのお金の流れにあやかる方が得。
そう考えるのが当然だろう。
文句を言ったとて届かない。
であればその恩恵を受け取る方が手っ取り早く、労力のかからないことだ。
お金に振り回されることのない世界で生きることが出来るのは、文明と非接触な部族ぐらいだろうな。
そんな会話をした後、僕は一昨日ぶりのシャワーを浴びることにした。
一昨日ぶりではあるが、灼熱の日中に山を登り下りすれば、嫌でもとんでもない量の汗をかくことになる。
僕の体は、虫が一度くっつけば離れることが出来ないほどベトベトだ。
それは、食虫人類への一歩である。
あいにく、現代社会でそのような進化は必要ないため、体を清めることにした。
今いる場所がキャンプ場だということから、僕はシャワーが浴びれるものだと思い込んでいた。
しかし、このキャンプ場にはシャワーが無いらしい。
さらには、宿泊費も取らないらしい。
スタッフのおじいさんが、「そこに川ならあるよ。」と言う。
綺麗な川だから問題ないと。
それを聞いて、僕はシャワーを浴びることよりも興奮した。
付いてこいと言われ、まずはおじさんがお手本を見せてくれた。
わざわざお手本を見せてくれなくても問題ないのだが。
おじさんはゆっくり川に入るや否や、膝を上下に激しく屈伸させた。
ジャバーン。ジャバーン。
豪快な浴びっぷりだ。
これはお手本にしなくては。
僕もおじさんに倣って膝を上下に激しく屈伸させた。
体のサイズ感の違いか、おじさんほどの豪快な浴びっぷりは披露できなかった。
僕は開発が進む地域の中で、文明と非接触な人類の一端に触れたのだった。
言うまでもなく、おじさんはハエたたきも使いこなす文明人である。
とんでもタバコ芸
原始的な行水をした僕は、再びベンチへ戻りおじさんたちとチルアウト。
僕はタバコが少なくなっていることに気が付き、
おじさんに「タバコ売っていないですか?」と尋ねた。
「あるぜ!とっておきのが!」とおじさんはニタッと笑う。
どうやら、行水のお手本を見せてくれたおじさんの奥さんはタバコ売りらしい。
タバコを頂くと、少しへこんだウィンストンの箱に中にオリジナルで巻いたたばこが入っていた。
早速、火をつけていつも通り一吸い。
「ごぇぇぇ…」
なんだこのきついタバコは。
僕は初めてこんなきついタバコに出会った。
普段は手巻きのタバコを吸っているため、タール値などは分からないが、これはきつい。
いつも通りに吸うと咽繰り返す。
それを見たおじさんたちは爆笑。
してやったりの顔すらしている。
スタッフの一人が「もっとゆっくり吸うんだ。」と言う。
しかし、いくらゆっくり吸ったとて咽る。
そしてまた爆笑。
結局僕は、コミカルな漫画のキスシーンの描写のように唇をとんがらせて恐る恐る煙を吸うことしかできなかった。
あれはいったい何だったのか…
気づかぬ内にとんでもタバコ芸を披露してしまっていた。
まぁ笑って楽しんでくれる人がいたなら良かった。
「生きていることなんてさきっと、人に笑われるくらいがちょうどいいんだよ」
と歌う、
アクアタイムズ「決意の朝に」のAメロの歌詞を思い出した。