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花の香りの抽出方法 : 水蒸気蒸留

水蒸気蒸留とは
植物から香料を得る方法の一つに「水蒸気蒸留」がある。

蒸留とは液体の混合物(液体と液体、または液体と固体など)を沸点の違いを利用して、精製や分離を行う方法で、混合物を加熱して集めた蒸気を冷却し、再び液体に戻して行う。

「水蒸気蒸留」は蒸留の一つで、沸点が高く水に不溶性の物質を水と加熱することで、100度以の水蒸気とともに成分を取り出す手法。
(用語参照:https://www.osaka-yuka.co.jp/technical/info/01/

蒸留酒や香料をつくるために古代から用いられている蒸留だが、香料分野では錬金術や医学が進んでいたアラブ世界で、10世紀頃に水蒸気蒸留技術が確立され、バラの精油を効率的に抽出することに成功した。


蒸留器「アランビック 」

水蒸気蒸留には「アランビック 」と呼ばれる二つの容器を管でつないだ装置が用いられる。この語はアラビア語に由来する。

グラースにある香水工場「Galimar ガリマール」に屋外展示されているアランビック

上の写真にある円形の容器に原料を入れ、直火または蒸気により加熱すると芳香成分を含んだ蒸気が発生し、チューブを通って隣の四角い容器に送り込まれる。冷水が張られた容器内には螺旋状の管が巡らされ、蒸気はそこを通って冷却されて液体になり、冷却タンクについた蛇口から外に出る。集められた液体は二層からなり、上層にある油層がエッセンシャルオイル、下層にある水層がフラワーウォーターになる。


水蒸気蒸留の進化と香りの都グラースの歴史

香料植物の栽培、香料や香り製品の製造が盛んな南仏のグラースだが、アンシャンレジーム(旧体制)と呼ばれるフランス革命前の時代、18世紀後半の中頃までは大型工場は存在せず、小規模な商店や製造業者によってエッシャンオイルやポマード(香り付きバーム)の製造、販売がなされていた。

当時の蒸留は、原料となる花畑のそばやハーブが自生する野原などの野外で、直火で加熱して行われる比較的原始的なものだった。

香料の高品質化や抽出の効率化を目指して、19世紀中頃までアランビックの改良が重ねられた。例えば、当初はタンクの中の水に直接原料が浸けこまれていたが、タンク内に金網を渡して原料と水との直接の接触をさける技法が考案されたたことで、植物へのダメージが軽減されより繊細な植物の蒸留が可能になった。

直火式のアランビック (写真手前)レンガの窯の上に備えつけられている
グラースにある香水工場「Molinard モリナール」の見学施設にて


フランスでの産業革命と香水産業の工業化

イギリスでは18世紀後半に産業革命が起こったが、フランスではナポレオン三世の第二帝政時代、19世紀後半に政府主導での工業化が加速した。それまで限定的だった鉄道網がフランス全土に向けて整備されたほか、製鋼業などの重工業が発展した。

グラースの香料工場では1860年代から、それまで直火で行われていた水蒸気蒸留やホットアンフルラージュ(マセラーション、温浸法)の加熱に、蒸気ボイラーが導入され、効率化が進んだ。

蒸気注入による加熱は直火式より繊細なことから、それまでアンフルラージュでしか扱えなかったいくつかの植物も蒸留できるようになった。
また原油の精製技術を応用し、蒸気温度を精密に制御することで植物から特定の匂い分子を取り出す分留が可能になった。これはボイラー技術の進化だけでなく、植物を構成する化学物質の解明が進んだことも背景にある。

この時代を境にグラースでの香水産業の工業化、大規模化が加速していく。


下の写真はグラース近郊にある村ヴァロリスにあるネロリ(ビターオレンジフラワー)農家の共同組合「Nérolium(ネロリウム)」の水蒸気蒸留施設跡で、現在はミュージアムになっている。

写真1枚目が蒸気ボイラー室で、写真2枚目の部屋にある蒸留器とパイプでつながっており、パイプを通じて蒸気が送られる。

Néroliumのボイラー。扉に「1905年」とある
パイプにより蒸気が送り込まれるアランビック 

古代から続く原始的な手法だが、現在もエッシェンシャルオイルの抽出には水蒸気蒸留が用いられ、抽出や洗浄に薬剤やアルコールを用いない点で、人と自然に優しい抽出技法といわれている。

次回はネロリ農家の共同組合「Nérolium(ネロリウム)」について紹介する。



参考資料:
- 絵でわかるにおいと香りの不思議 長谷川香料株式会社著 (講談社)
- GRASSE L'usine à parfum Gabriel Benalloul, Géraud Buffa 著 (Edition Lieux Dits)

↓「水蒸気蒸留」など蒸留の種類が分かりやすくまとまっています。

↓こちらのサイトに水蒸気蒸留のしくみが図解されています。

↓歴史のアウトラインを確認するのに重宝しています。

ほか



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