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⑤だから校則をなくしていったんだ
記事・写真 三浦順子
①〜④はこちらから ↓
はじめに
この連載は、2024年7月に大分市で開催された西郷孝彦さんの講演録をお届けしています。西郷さんは自由な校風で知られる世田谷区立桜丘中の元校長です。前回の講演録④で西郷さんは「考え方の転換」について語りました。障害者が社会に合わせるために訓練をしようとする考え方が主流だったこれまでの日本社会って「おかしくない?」と問題提起する西郷さん。マイノリティにとって暮らしやすいように物事を選べば、多くの人にとっても暮らしやすい世の中になる。西郷さんはその考え方に基づいて桜丘中を改革してきたといいます。いよいよ今回は講演録の最終回。「桜丘中の廊下で過ごす子どもたちは、ただ単にサボってんじゃないんだよ」…そのことを分かってほしかったと語りました。最後の質疑応答まで、心のお守りになる西郷語録が詰まっています。
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・理解して特性に合った環境にすること
質問の時間になるんですかね。もうやめた方がいいですよね。笑。じゃあねぇ、もうちょっとだけやらせてもらおう。
廊下にいる子たちっていうのは、学校に行けなかった子たちなんだけど…発達検査を受けている子もいて、6割ぐらいの子どもに発達の特性がある。そういう子ってさ、いろんなタイプがあるんですけど、人間関係がうまく作れない。非常にシャイ。僕もそう。それから、独特のこだわりがあるとか。帽子をかぶってていいんなら授業に出られるとか。雨靴で登校していいなら学校に来れるとか。ちっちゃいお子さんを持っているお母さんは分かると思うんだけど、ずっとそれだけを着ている子とかいるじゃない。そういった特性が残っちゃってる。
そうすると、学校の先生から見るとあいつはルールを守れない、生意気なやつだとか、あいつは空気が読めないやつだとか、そういうふうに見えちゃうんだよ。で、必ず怒られる。何で宿題をまた忘れたの?とか。本人には責任はない。そういう特性なんだよ。それで、学校に行きたくなくなる。だって毎日行って叱られてたら嫌でしょ。一次的な問題をちゃんと理解してあげないといけない。
あの子にはこういう特性があるから、宿題ができないのはしょうがない。理解して特性に合った環境にしてあげられれば学校に来ることができる。理解できないで叱っちゃったりすると、二次障害として学校に行けなくなるってことがある。学校に行けないだけじゃなくてお腹が痛くなる子、うつ病になる子、…それから暴れちゃう子もいるでしょ。それは二次障害なんですよね。それで、学校に行きやすい環境を作るのに校則がすごく邪魔なんだ。
だからうちはそういう子どもたちのために、一つ一つ校則をなくしていったんだ。ここにいる子は一見、廊下で楽しく過ごしてるじゃない。だから何にも知らない人は「いいね君たち、授業に出ないでここで一日楽しそうだねー」って言うんですけどー。
・死ぬぐらい苦しい子がいるんだよ
…ここで一度、話が飛びますね。僕はバイクが好きなんですよ。退職したら中型のバイクを買って日本全国を回ろうと思っていた。そしたらコロナになっちゃって、結局バイクを買えなかった。その頃、バイクで日本を1周してる若者のTwitterを見つけたからフォローして、ああいいなー、今日はどこに行くんだろうって毎日見て追っかけていた。そしたらね、これが最後のツイート。
「ここで僕の旅は終わり。もう苦しみたくないし、悩みたくもない。最後に日本1周できて幸せだった。楽しかった。さようなら」ってダムの湖に飛び込んで死んだんだ。ショックだった。あんなに楽しそうにしていたのに…。その時に、この子が診断書を載せたんだよ。注意欠如・多動性障害、つまりADHD。僕と同じ。
桜丘中の廊下にいる子にも、死ぬぐらい苦しい子がいるんだよ。「ここに1日いられていいねー」なんてとんでもない。死ぬほど苦しい子が一生懸命あそこに来てんだよ、学校に。それを先生たちに理解してほしかったね。単にサボってんじゃないんだよ。
それから、桜丘中はチャイムを鳴らしません。子どもたちには自分で時間を管理しよう、チャイムがなくても行動できないといけませんなんて言ってるけど、本当の目的は、聴覚過敏の子たちのため。実は僕もそうなんですよ。桜丘中に行って最初にしたことは校長室のスピーカーを取っちゃった。
・昔からチャイムっていうのが嫌だった
昔からチャイムっていうのが嫌だった。昔は本当に鉄の棒を打ってた。キーンコーンカーンコーンって。ピッチが狂っていて、音程が違うんだ。もうそれが気持ち悪くて。それが電子音になって狂わなくなった。そしたら、全く同じ音が何度も繰り返し聞こえてくる。それもたまらない。みなさん、どんな好きな曲でも音楽でも、毎日毎時間、同じ曲が流れたらいやになりますよね。ああいう感覚。
で、そういう子がクラスに何人ぐらいいると思いますか。医学的出現率。例えば40人のうち何人ぐらいがそういう聴覚過敏なのかというと、2人から8人。その子たちは我慢しているか、あるいは自分にそういう兆候があることがわかっていない。フィンランドの小学校に見学に行った桜丘中の先生からこういう報告があった。フィンランドの小学校にはノイズリダクションのヘッドホンが10個ぐらい壁にかかってるって。必要があれば持ってきて、それを使っていいって。読書するときとか何か作業するとき。確かに僕もノイズリダクションのヘッドホンをすると、すっごい楽。だからチャイムを鳴らさないんですっていう話をいつも校長先生の研修会で話すの。
この話を聞いたら、絶対流さないようにしようと思わない?。うちの学校も、そういう子がいるんだったら鳴らさないようにしなきゃって普通は思うよね。でも校長先生たちは何もしないんだよ。あれが僕は不思議でしょうがない。
(写真を参照)あるテレビ番組で坂本龍一が「良くない音と良い音の区別はありますか」っていう質問を受けたんだよね。坂本龍一は亡くなる前で、もう入院していて、メールでこんな返事が来ていました。
「自分で音楽を作っていて言うのは変なんですが、人間が作った音というのは、あまり良くない音が多いですね。自然が作った音に良くない音はないです」。その後の言葉が衝撃でした。「一番良くない音は、日本中の学校で毎日決まった時間に鳴るようなチャイムの音があるでしょう。あれは最低ですね。あれを日本中の子どもたちが毎日聞いているかと思うと悲しいです」っていうんだ。やっぱりきれいなメロディーを作る人はチャイムの音が嫌なんだね。そういう才能がある子ほど嫌なんだ。っていう話をしても、校長先生たちは変えようとしない。本当にマインドセットを考えなきゃいけないね。
・自由な学校で育った子どもたちの言葉
…ということで、終わりにします。それで最後、卒業直前に僕がインタビューした子どもたちの声があるんで、これからそれを聞いてもらいましょう。
(桜丘中卒業生動画=要旨)
「高校の面接のときに聞かれたんですよ。中学生のときは自由でしたけど、高校生活ではルールが結構ありますよ。どうしますか、って。やっぱり身だしなみを整えることは当たり前だし、桜丘中は確かに私服 OK ですけど、制服を着る子が結局は多いんです。だから、自由だからこそのルールはあるとみんな思ってるんじゃないかなと思います」
「自由とは信じることだと思います。お互いの信頼関係があってこそ成り立つものだと思います。この学校の先生たちも優しくて話しやすい空気があるんで、簡単にコミュニケーションが取れてそこからの信頼関係で自由が生まれているのかなと思います」
「自由だからこそ、自分たちで考えて責任を持って行動しなきゃいけないっていうことを学びました。自分でやりたいことは、やりたいですって言えるのは、この桜丘が自由だから。のびのび生活できる。髪も自由、メイクもしていいし、自分の個性を出せる。前はくそ真面目っていうか、こんなに弾けてなかったけど、この学校に入って明るくなった。自分をさらけ出してる」
「服装も私服でいいけど、服もメイクも自分は興味ない。だからどうしよう、みんなと合わせなきゃって思ってる自分がいたんです。でも、私服がださくてもメイクに興味がなくても、それが自分の個性なんだからいいっていうのをわかったのは、この自由な校風だったから。自分は違くていいんだと、自分に自信が持てるようになったかなって思います」
こんな感じで卒業していきます。…ということで話は終わりにします。どうもありがとうございました。
(拍手)
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・学校に来れない子どもをどうするか
〈司会〉
ありがとうございます。話がめちゃくちゃ飛ぶのが面白かったです。質問がある方がいらっしゃったら、いくつか受けられます。
〈質問者①〉
9月にも別府で講演会を聞かせていただきました。(西郷先生は)メールをもらえれば、時間がかかるかもしれないけど、必ず返事をしますからっておっしゃっていましたが、それから僕はいろいろ考え事をしていて、10カ月も経ってしまいました。大分ではこの4月、玖珠町というところに学びの多様化学校ができました。それで先日、一人で視察に行ってきました。本当にこの生徒たちが去年は180日も200日も、学校をお休みしてた子どもさんですかって尋ねたら校長先生は「そうだよ」って。みんなニコニコして、すごく生き生きとしていました。だから多様化学校というところは、良い選択肢の一つだとは思うんです。でも、学校に出てこれない不登校の子どもさんって、まだまだ多い。不登校の子どもさんに対して、これからどのように対応していくか。先生のご意見をお聞きしたいです。
〈西郷さん〉
それなんですよ。桜丘中学校でやっていたことは、授業に出るとかじゃなく、学校さえ来てくれればいいっていう取り組みだったのね。学校さえ来てくれば何かできるじゃないですか。でも学校に全く来てくれないと何もできないんです。先生のおっしゃる通り、全く学校に来てくれない子をどうするかっていうのが大事なんですね。井本さんっていう、神奈川の栄光学園の数学の先生だった方がいて、その方が今、東京でフリースクールをやっているんです。その方と話をしたときに「面白い現象がある」って教えてくれました。学校に行けなかった子が、井本先生のフリースクールに来ると学校に行けるようになるケースがあるっていうんだよ。そういう子がだんだん増えている。例えば、全部は学校に行けないけど、フリースクールが3日間で学校は1日だとか、フリースクールに月曜だけ来ると、あとはちゃんと学校に行けるだとか。何か安心できる外部機関があると、学校にも行けるようになるんじゃないかなって2人で話しているんです。これはまだ結論が出ていないけれども、もしかしてヒントかもしれない。どこかにその子が自分を本当に出せて豊かに過ごす時間があれば。毎日じゃなくていい、1日でいいからそういうところがあれば、学校へもいけるんじゃないかというのがある。答えにはなってないかもしれませんが、今ちょうど先生が多様化学校の話をされたので、そんな話をしますけど。
〈質問者①〉
西郷先生、僕先生じゃなくて、あのー、田舎のただの酔っ払いなんです。笑
〈西郷さん〉
あっそうなんですか!ごめんなさい。
〈質問者①〉
すいません、教員じゃないんです。僕は60年代生まれです。僕らが受けてきた教育っていうのは、どうして君はみんなと同じようにできないの?。同じようにできるように頑張りなさい、努力をしなさいっていうものだった。でもそれは戦後、日本がここまで大国になる中で一斉型というか、そういう教育をせざるを得なかったのかな。それは一つの効果だったとは思うんですけど、もう今はそういう時代じゃない。100年前に金子みすゞさんが「みんな違ってみんないい」って言った。100年前の金子さんがおっしゃってたんだから、って僕は思うんです。(不登校の課題は)あれだけマスコミで取り上げられているし、いろんな選択肢が出てきた。それがこれからもっと広がっていくといいなと思っています。
〈西郷さん〉
本当にそうですね。ごめんなさいね、風貌はもう立派な先生に見えた。でもそれぞれの立場で自分のできることで、学校だけじゃなく、家庭も含めていろんなところで子どもたちが育って、サポートしていかないといけないなって思っています。学校だけでは無理だと思うんですよね。よろしくお願いします。
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・自由な学校を出たあとのギャップは
〈司会〉
ありがとうございます。質問はあと2人くらいですかね。他に、はい。
〈質問者②〉
私も教員じゃないから分からないですけれど、桜丘中は公立学校なんですよね。ということは、校長先生の裁量だと思う。本当だったらどこの場所でも同じようにできたらいいなと思う。でもそれがなかなか難しいので、先生がすごく戦ってくださってるんだろうなと感じました。それから、桜丘中にいた先生が、他の学校に代わられたときのギャップっていうのがどうなのかなと思いました。あと、学校が一番の居場所になるべきだと先生は言われましたけど、本当は家庭が一番の居場所かなと思いながら聞いていました。
〈西郷さん〉
僕ね、ADHDだから3つ質問されるともう駄目なんです。(会場笑)二つまでしか答えられないんですけど笑。要は、日本は法治国家だから、法律にのっとって学校を変えるってことです。違法なことをしちゃダメ。僕はこの学校を作りましたけど、学校教育法とか、どこにもなんにも触れてない。ちゃんと法律の中でやっているからできた。そういうことです。それから異動した先生たちがどうなってるか、そりゃあ苦労しています。変わった学校だから、入ってくる先生も苦労してる。だからできるだけ僕は新規採用の先生を採っていた。ゴリゴリの校則バリバリの学校から来て、円形脱毛症になった先生いるもん。ああ注意しちゃいけないのかってね。で、先生が外に出て行くとまた苦労する。あんなに自由だったのになんでそんなくだらない校則、なんで注意しないといけないんですかみたいなね。それは子どもたちもそう。そんなに自由な高校がたくさんあるわけじゃなくて、いろんな高校に進学していくわけです。僕は桜丘中でいつも「環境を変えなさい」って言っていた。だから子どもたちは生徒会役員になったりして、自分が通っている学校を変えようとする。我慢しよう、とはならない。よし変えるぞって頑張って、その子たちが今高校の全国ネットを作っている。異動で他の学校へ行った先生たちの情報はあまりわからないけど、きっと行った先の学校でその学校を変えようって頑張ってると思うんだ。ということで、あとはなんでしたっけ
・「家庭が一番です」とは絶対に言わない
〈質問者②〉
家庭が、ってとこです
〈西郷さん〉
そうですよねー。…でも家庭って、難しいでしょう。ドラマのように家庭にお父さんとお母さんがいて、家があって…みたいなことはないじゃない。でもおっしゃる通りそういう家庭もいいんだけど、それはそうしなさいって言ったら、お母さんお父さんもかわいそうだよ。無理だもん。一生懸命やってたってそんな理想の家庭なんかできやしないんですよ。さっきの(講演の最初のほうに出てきた)お母さんは母子家庭で病気になっちゃった。「ちゃんと理想の家庭になっていないじゃないですか」って言ったら気の毒でしょ。その人の責任じゃないんだよ。だから僕はそこは言わない。家庭が一番ですって絶対言わない。お母さんもお父さんもいい家庭にしようって一生懸命に頑張ってる。でもできない。だったら学校がその、補完じゃないけど、せめて学校が楽しい、学校に来たら幸せになるよっていう学校を作りたいなと思っていた。ですが、おっしゃる通りです。まずは家庭、というのが理想です。けれども、なかなか難しいんですよね。
・何のために教員になったの?って思う
〈質問者③〉
チャイムについてです。校長先生方にお話をされたけれども、変えることにした人は1人もいなかったっていうのはなぜなんでしょうか。
〈西郷さん〉
理由はわかんないんですよ。ただ面白いのはね、僕が住んでいるところの周りの小・中学校はなぜかチャイムが鳴らなくなったんですよね。(会場笑)いや別に僕がそこにいるって知らないんだよ。だから何て言うかな、101匹目の猿じゃないけど、何かそういう現象なのかな(会場笑)。学校ではね、チャイムをなくすっていうと、何で全部なくしたんだって人もいるし、反対する。面倒くさいでしょ。今のまんま何もしないのが一番楽なんですよ。給料も変わらないし、そのまま退職すれば退職金はもらえるし、下手なことをやって失敗すると何か言われるし。何もしないのが一番いいっていう風土がある。洗脳されてるんだ。そんな先生には、子どもたちのためって思ってほしい。子どもたちのために何もしないのが本当にいいことなのか。あなた何のために教員になったのかって。子どものために教員になったのに何で子どものためにやんないのって。そこがイライラするんです。笑。
〈質問者③〉
何かその、先生のところで一緒に教員をされた方があちこちで同じように広げてくれればいいなって思います。
〈西郷さん〉
そうですね、頑張ってほしいなあと思っています。
あと、これは僕のメールアドレスです。何か個人的な質問とか、ご意見があったらここに送ってください。ちょっと忙しいので1週間ぐらいはちょっと返事できないかもしれなくて、10日ぐらいかかると思います。必ずお返事しますので、もし何か質問があれば、直接僕に送ってください。いろんな質問をありがとうございました。勉強になりました。
(拍手)
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講演録おわり
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講演が終わったあと、西郷さんと話している人を何人も見かけました。参加者の人と談笑する西郷さんはまるで昔からの友だちと再会したみたいにフレンドリーです。筆者も本にサインをいただいて、手を振って帰路につきました。
主催のたのしいproject・岡原さんは講演会の終わりに「ワンアクション」について語りました。それは、西郷さんの話を聴いて思ったことをひとつ行動に移すこと。この講演録を読んだみなさんの心には何が残ったでしょうか。これから何をしようと思ったでしょうか。ワンアクションは小さなことでもなんでもいい、と岡原さんは語っていました。みなさんともいつか「自分のワンアクション」についてお話できたらうれしいなーと思います。
西郷先生、いきなり突撃して講演録を作らせてくださいとお願いした謎の二人組を笑って受け入れてくださって、本当にありがとうございました!
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次回は番外編!!
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たのしいproject岡原さんに聴く「なんで西郷先生の講演会をしようと思ったの?」というお話です。私たちがいつも集っている由布市の喫茶店・加藤理容所でコーヒーを飲みながら色々と語っております。××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
11/10(土) 午前 公開予定!こちらの記事へのご感想、コメント、スキ♡、フォローをお待ちしています。
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プロフィール
《西郷孝彦さんプロフィール》
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1954年横浜市生まれ。上智大学理工学部を卒業後、東京都立養護学校をはじめ、都内中学校等で教員、副校長を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校長に就任。生徒の発達や特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、段階的に校則を解消。定期テスト等の廃止。個性を伸ばす教育を推進。誰1人切り捨てない、全ての子どもが安心して学べる学校、行きたいと思える学校作りに尽力した。2020年に退職。著書は「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール」「『過干渉』をやめたら子どもは伸びる」(ともに小学館)など。
「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール」
「『過干渉』をやめたら子どもは伸びる」
Magazine Crew
三浦順子(あのね文書室)
ライター/インタビュアー。 大分県の片隅でドタバタと4人の子育て中。猫3匹と6人家族で暮らしています。元地方紙記者(見出しとレイアウト担当)。2019年、インタビュー記事を書きはじめました。2022年からは地方紙と専門紙の契約ライターもやってます。
https://www.instagram.com/p/CfcaclBPQdA/
https://note.com/mintar/n/n58810b679c87
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