心の柔らかいところを突くドラマ『私たちのブルース』を振り返る
今更だけど、Netflix配信ドラマ『私たちのブルース』について感想を。
このドラマの魅力は、なんといってもヒューマンドラマとしての質の高さにある。
舞台は済州島。人々の素朴な日常と、その延長上に起こる出来事が産む葛藤を、普遍的な感情と共に丁寧に描いている。
そして、キャストが豪華!
イ・ビョンホンをはじめ、イ・ジョンウン、ハン・ジミン、シン・ミナ、キム・ウビンなど錚々たる面々がキャスティングされている。
彼らの演技力こそが、この物語を上質なものにしているのは間違いない。
また、主演級俳優が多数出演していても違和感がないのは、このドラマがオムニバス形式だから。
キャストたちは主役になることもあれば、脇役として物語を支える立場にもなる。そのどちらであっても、彼らが常にそこに存在することが、小さな町の人々を描くにあたり、安心感と親近感をもたらす。
同時に、視聴者を彼らの世界にスッと引き込むのに貢献している。
ここからは、20話にわたる『私たちのブルース』の中で、特に気になったいくつかのエピソードについて綴っていきたい。
1.ハンスとウニ
1-3話がハンスとウニの物語。
このタームの主人公のひとりウニは、鮮魚屋の経営者。
彼女は、物語全編にわたって登場する、なくてはならない柱のような存在だ。
そのウニを演じたのは数々のドラマや映画でおなじみのベテラン俳優、イ・ジョンウン。彼女が、町の人々をつなぐ役割を一身に担うキーパーソンを好演している。
一方、ハンスの出番は最終回の全員集合シーンを除きこの3話のみ。
故郷を離れ、同窓生たちと微妙な距離感がある「中年男ハンス」の哀愁がしみじみと描かれる。
ハンスとウニの物語の感想は、リアルタイム視聴で書いたので、こちらの↓記事↓をご覧いただけると幸い。。
2.ヨンオクとジョンジュンそしてヨンヒ
ヨンオクとジョンジュンのターンは4話と11話。そして、ヨンオクの双子の姉、ヨンヒを交えたエピソードが14話&15話で描かれる。
さて、ヨンオクは主要登場人物の中で唯一、済州島出身の人間ではない。
ゆえに謎多き女であり、おまけに美人。あらぬ噂も立ちやすい。
たとえば「本土に子供を残してきた」「男が何人もいる」「嘘つき」など、事情を知らない人々は言いたい放題。それでもヨンオクは噂を否定しない。人々の好奇心をものともせず、たとえ陰口を叩かれようとも、自分が抱えているものを人に知られるのを拒んだ。
そんなヨンオクが抱えているもの。
それはダウン症候群の双子の姉ヨンヒ。
12歳の時に両親が事故で他界した後、ヨンオクはヨンヒの後見人になることを余儀なくされてきた。つまりは、自分の好む好まざるに関わらず、その役割を担ってきたということ。
ところで、ヨンオクは自分のことを「優しくない」と思っている。
なぜなら、自分を慕うヨンヒに冷たく当たるだけでなく、自身の人生の足枷である姉を疎ましく思っているから。
「ヨンヒがいなければ私の人生はもっと自由なのに」
それがヨンオクの本音だろう。
その一方で、彼女のヨンヒのことを捨てられない。
それは家族としての愛情から?それとも罪悪感から?
たぶんそのどちらも正解。姉を愛しているけど、その一方で自分の人生を縛る彼女を憎んでもいる。
もし、ヨンヒが自分で産んだ子供なら思うことも違うだろう。でも、ヨンヒは姉なのだ。自分はたまたま彼女と一緒に双子の妹として生まれてきただけ。
それでも、ヨンオクはヨンヒを守るため誰よりも早く大人にならなければならなかった。
そんな風に、自分ではコントロールできない事情に振り回される運命に苛まれているヨンオクは、だから結婚を諦めた。男と深い関係を築くのを避けるのも、相手がヨンヒと一心同体である自分を受け入れる難しさを知っているからだ。
そう考えれば、ヨンオクはむしろ優しい女だ。
優しいからこそ苦しむ。
一方のヨンヒ。
彼女は7歳児の知能を持つ。
日々絵を描きながら、妹ヨンオクに会う日を心待ちにしている。
しかし当の妹はできるかぎりヨンヒに会うのを避けている。
そして、悲しいことにヨンヒはそのことに気づいている。
14歳の時に地下鉄にヨンオクが自分を置き去りにしたこと、自分がヨンオクの重荷になっていることを知っている。
つまり、ヨンヒの心にも様々な感情が渦巻いているのだ。
海辺で皆と遊ばないヨンオクに声をかけるヨンヒに対し、ヨンオクは「一人が好きだから」と返すが、ヨンヒは一言「私は孤独が嫌い。あんたと一緒にいるのが好き」とヨンオクに訴える。
まるで、せつない片思いだ。
一方、ヨンヒの明るさとユーモアに人々は救われる。
「お金を稼いで整形手術を受けさせて」とせがんだり、出会いの印象が悪かったジョンジュンへの当て付けで、ヨンオクの昔の恋人の名前でジョンジュンを呼んだり。
そして、何より素晴らしいのは、彼女には「絵」という表現手段があること。
エピソード15の終盤、ジョンジュンの家(バス)の中に展示された数々の似顔絵には、言葉で伝えられないヨンヒの想いが全て表現されていて、ヨンオクと同様、涙せずにはいられなかった。
視覚で感じる想いというのは、時に言葉や文字で受け取るより、直感的により深いところに入り込んでくるものだから。
さて、姉妹にとって、重要な役割を担っているのがジョンジュン。
彼はヨンオクが一人で背負ってきた重荷を一緒に担いでくれる人。ヨンオクのよき理解者であり、彼女がそれまで受けてきたであろう、世間の心ない反応や視線を一緒に受け止め、対峙することのできる男だ。
実際のところ、ジョンジュンに本心を包み隠さず曝け出してしまった後のヨンオクは、「謎めいた女」としての魅力はすっかり消えてしまった。
でも、ジョンジュンが求めているのは、謎めいた女ではなく、抱えている悲しみを自分に見せてくれる心通じ合える恋人。彼は全身でヨンオクの全てを受け止めようとしている。また、思いやりを持ってヨンヒに接し、彼女の良き友人になろうと努力もする。
そんなジョンジュンこの存在こそが、姉妹の救いになっているのは間違いなく、このエピソードにおける希望でもあるのだ。
昨今、世の中でも多様性が叫ばれるようになった。そのことは良き傾向だけど、未だマイノリティが生きづらい社会であることは間違いなく。
だからこそ、ジョンジュンのような「自分ごととして行動できる人」の存在に心温まる。
そして、このターンで強く思ったことは、「共存すること」の難しさと素晴らしさ。
その意味を改めて考えさせられるのが、ヨンオク、ジョンジュン、そしてヨンヒのターンなのだ。
3.イングォンとホシク、そして彼らの子供たち
イングォンとホシク。
5話、7話&8話が彼らのターンだ。
犬猿の仲のイングォンとホシク。
その一方で、彼らの子供たち、ヒョンとヨンジュは人知れず恋人同士。この設定だけで一悶着あることは確定だが、そのきっかけになったのは、ヨンジュがヒョンの子供を妊娠するという、衝撃の出来事だった。
成績優秀な子どもたちの将来を楽しみに仕事に励むイングォンとホシクは、共に、この思いもよらない事態に巻き込まれていくことになる。
実際、予想通り激しい火花が散るわけだが、子供を産むと決意するまでのヒョンとヨンジュの葛藤もさることながら、出産を反対する親たちの戸惑いと怒りが凄まじい。
大切に育ててきた宝のような我が子が、よりによって天敵の子供と付き合い、妊娠までした(させた)ことを知った時の、イングォンとホシクのショックは想像に難くない。
特に、娘を溺愛していたホシクの落胆は計り知れない。
第8話でホシクがヨンジュを手放すことを決めたシーンは、もう、感情が揺さぶられっぱなし…。
そもそも論を言えば、親の思い通りにならないのが子供という生きものだけど、ホシクの流す涙、そして娘に見せる後ろ姿は切なすぎた。
自身の人生を捧げてきた愛娘の行動に納得できず、それでもヨンジュの意思を尊重しようと努力するホシクの苦悩が痛いほど伝わり…。
もちろん、イングォンも同じように息子ヒョンと激しく感情をぶつけ合う。
そこで描かれるのはイングォンの息子への愛情、そして抱いていた期待を裏切られた悔しさ。
それでも、親は子供を見守ることしかできない定めなのだ。
さて、そんな激しい衝突と葛藤の末、イングォンとホシクは仲直りをすることになるのだが、言ってみれば子供たちこそが、長くこじれていた彼らの関係を正常化させたワケで。激しく対立している関係ほど、荒療法が効くのかも。
やがて時が過ぎ、物語の終盤、ついにヒョンとヨンジュの子供が生まれる。
陣痛で苦しむヨンジュを前になすすべもないイングォンとホシク。二人は手を握り合い出産の無事を祈るが、そんな彼らの姿が愛おしすぎて、このシーンは何度も繰り返し見てしまった。
ついでに言うと、個人的には二人のコントのようなやりとり(対決)がツボだったので、出産後、イングォンとホシクが競争して孫を可愛がる、ジジバカっぷり満載の対決を見てみたかったかな。
いずれにしても、愛すべき彼らのキャラクターがこのドラマの良きスパイスになっていることは間違いなく、その存在感を改めて感じるのであった。
4.オクドンとドンソク
『私たちのブルース』で、ウニ以外にほぼ出ずっぱりだったのが、オクドンとその友人チュニ、そしてオクドンの息子ドンソクだ。
オクドンとドンソク親子の根深い確執は、物語前半から何度となく描かれる。
ところで、どうして彼らの間には確執があるのか。
それは、夫に先立たれた若き日のオクドンが、生活のために愛人となったことに端を発する。
愛人として肩身の狭い立場にあったオクドンは、愛人の息子たちに殴られつづけたドンソクを守ることさえしなかった。息子への愛情を示さず、寄り添わず、息子の味方にならなかったことは、ドンソクを深く傷つけた。そしてそれは、二人の間に埋めようのない溝を作っていた。
ところで、オクドンは独特な人だ。
とにかく感情表現が希薄。そして口数が少ない。他人には優しいハルモニだが、ひどく頑固な一面もある。
そして、実の息子であるドンソクに対しては、なぜか終始そっけない。不器用といえばそれまでだけど、ドンソクが母を憎むのも無理はない。
それでも、オクドンには言い分がある。
彼女の人生は不幸の連続。夫と娘を若くして亡くし、苦悩を抱えながらも、息子にご飯を食べさせるために自分を捨てて生きてきたのだ。
一方のドンソクはそんな母の気持ちを理解できない。
それどころか、母に見捨てられたように感じてる。オクドンの態度に問題があるのは間違いないが、積み重なった恨みから、これまた頑固なドンソクは、母親を徹底的に敵視する。
しかし、末期ガンを患うオクドンは老い先が短い。
そのことを知ったドンソクは意地を捨て、母の気持ちを確かめるべく、二人で最後の旅に出る。
それが『私たちのブルース』ラスト3話。
物語前半で散々確執を見せつけてきた険悪な関係の彼らが、共に旅をする姿が18話〜20話で丁寧に描かれる。
二人の関係性の変化こそが、この物語のクライマックスなのだ。
ところで、実は心優しいドンソクの不器用さと、息子を想いながらも素直にそれを表現できないオクドンの不器用さは、そっくり。
たぶん、親子だからこそ似ていて、だからこそうまくいかない。
しかし、そんなオクドンがその不器用さをかなぐり捨てて、素直に、そして怒りと共に気持ちを吐露する場面が登場する。
それは、子供の頃のドンソクをいじめ続けた義理の息子の暴言にキレ、心に閉じ込めていた想いや怒りを吐き出すという形で表現される。
これは紛れもなく、愛する息子ドンソクのため。
物語を通して寡黙でおとなしかったオクドンが初めて感情を爆発させるシーンであり、『私たちのブルース』最大の見せ場だ。
一方のドンソクからすれば、これこそ待ちに待っていた母の言葉。
物静かなオクドンだからこそ、絶叫にも聞こえる怒鳴り声には重みがあり、なんというか、このシーンで胸につかえていたものが一気に取れた感じ。
ちなみに、オクドンとドンソクのすれ違いは、親子という親密な間柄だからこそ起きる典型で、要はお互いへの甘えがあるとも言える。たとえばオクドンからすれば「実の息子だから、放っておいても縁が切れるわけではない」と思っているところが、少なからずあったはず。
なぜなら、他人や義理の息子には気を遣うのに、ドンソクにはそうしない。それはドンソクとは「血」という何よりも濃い繋がりがあるからだ。何よりも大切な息子ゆえに、気遣わないとでもいうか。
一方のドンソクは母からの承認を心から欲している。
だからこそ、ドンソクをいじめ続けた義理の兄の前で、母が初めて自分を守ってくれた出来事は、凝り固まった彼の心を一気に溶かした。
もちろん、それだけで全てが許せるわけではないけれど、母には母の苦悩があったこを、母の口から、そして態度から知ることができたのは、ドンソクの心を癒したに違いない。
だからこそ、もうすぐ逝こうとしてる頑固な母の「山に登りたい」という無理な願いも無下にしなかった。そんな風に、最後の最後まで母に尽くすドンソクの姿は健気で、なんというか、彼がそれまで抱いてきた憎しみの分だけ胸を打つ。
そして、ドンソクが動画越しに伝えた母への想い。
これも涙なしには見られない。
彼の一言一言に愛を感じる同時に、そこには後悔が入り混じっているようにも思える。
また、その息子の動画を何度も繰り返し見るオクドンの表情も然り。
息子からの愛情を言葉として聞くことができる幸福を噛み締める。
二人の気持ちが通い合う、さりげなくも美しい場面だ。
ともあれ、別れの時が近づいている二人が、貴重で価値のある時間が持てたことに救われる。それまでの隔たりを駆け足で埋めようとするドンソクの行動や、息子のために味噌チゲを作るオクドンの姿はせつなくも、じわじわとくる。
二人の不器用なやりとりは、その不器用さの分だけ心に響いた。
それにしても、オクドンとドンソクを演じた、キム・ヘジャとイ・ビョンホンの演技の素晴らしきことよ。
個人的には、イケメン俳優のイメージが強いイ・ビョンホンが、気が短くてパッとしない中年のおじさん(しかもそうとう個性的な)を演じていることが意外だったし、その演技力に惹きつけられた。
物語のラストを飾るのに相応しい、エピソードだったと思う。
最終回はもちろん、毎回泣いていた気がする韓国ドラマ『私たちのブルース』。
派手さはないけど良質で、心に染みる物語と穏やかな映像が心地よい。
また、BTSジミンの楽曲をはじめとするOSTが優しく響く。
小さな町で繰り広げられる人間ドラマはまさにブルース。
今年のベストに確実に入る作品です。
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