『愛の不時着』脚本家パク・ジウンの作品からみるロマコメに不可欠な要素と、『愛の不時着』との比較
ドラマが面白くなるかどうかは脚本次第。
「愛の不時着」にどっぷりハマっている私としては、このドラマの脚本を書いたパク・ジウンの他の作品がとても気になっている。
そこでまずは「星から来たあなた」と「青い海の伝説」を完走。
この二つのドラマには「愛の不時着」でも登場する、パク・ジウンならではの、ロマンティックコメディに不可欠なエピソードや設定が数多く盛り込まれている。
制作の順番を考えれば、二つのドラマで使われたこれらの要素が「愛の不時着」でも健在と言うのが正当な見方だが、この二つのドラマこそが「愛の不時着」という素晴らしき物語の完成に重要な役割を果たしているのだと思う。
ここでは、「愛の不時着」と他のロマンティックコメディ作品(星から来たあなた 青い海の伝説)との比較を中心に、パク・ジウン式ロマンティックコメディの要素について考えてみたい。
その前にそれぞれのドラマの概要を簡単に。
「星から来たあなた」(2013)
チョン・ソンイ(チョン・ジヒョン)/ ト・ミンジュン(キム・スヒョン)
地球に降り立ってから400年以上もの歳月を正体を隠し密かに生きてきた宇宙人ト・ミンジュン。故郷の星へ戻る日を3ヶ月後に控えたある日、トップ女優のチョン・ソンイと出会い、恋に落ちるファンタジー作品
「青い海の伝説」(2016)
シムチョン セファ 2役(チョン・ジヒョン)/
ホ・ジュンジェ キム・タムリョン 2役(イ・ミンホ)
詐欺師のジュンジェは風変わりな女(人魚)に出会う。実は彼らは前世でタムリョンとセファ(人魚)として出会い、恋仲だった。過去と現在が交錯しながら人間と人魚の「運命」の出会いと恋を描くファンタジー作品
「愛の不時着」(2019)
リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)/ ユン・セリ(ソン・イェジン)
パラグライダーで飛行中に竜巻に巻き込まれ、北朝鮮に不時着した韓国財閥令嬢ユン・セリと、北朝鮮の将校リ・ジョンヒョクの38度線を超えたラブストーリー
1. 「星から来たあなた」と「愛の不時着」 キャラクターの共通点
「星から来たあなた」を見てわかった事は、この物語が「愛の不時着」への道筋を作ったに違いないということ。
ト・ミンジュンが時間を止めたり、瞬間移動ができたり、やたらとすごい能力を持つ宇宙人であるがゆえに、何でもありのストーリー展開ではある。しかし、設定、特に登場人物のキャラクターについては「愛の不時着」との類似点が多く見られる。
主役たちのキャラクターは以下のような感じ。
【男:ト・ミンジュン】
冷静沈着・能力が高い・イケメン・無口・無愛想・冷たさの中に優しさを合わせ持つ典型的ツンデレ男、好きな女に危機がせまると後先考えずに救出、自己犠牲を厭わない、一途、純情、ヤキモチの焼き方がキュート、女を影ながら見守る、時々抜けてる
【女:チョン・ソンイ】
無邪気、高飛車だけど実は情が厚い、美女、勝気、潔よい、おバカ、ポジティブ、家族関係が複雑、自立している、稼ぐ女、打たれ強い、強い女、男に依存しない
ツラツラと主役キャラクターの特徴を挙げてみたが、「愛の不時着」のリ・ジョンヒョクとユン・セリに似てるところが多くあることに気づかされる。
特に、ト・ミンジュンとリ・ジョンヒョクのキャラクターは近しいと言える。
チョン・ソンイはユン・セリのキャラクターと比べると、おバカ度が高い分、いささか強烈過ぎる感はあるが、よくあるヒロイン像とは違う点、また強く自立している点では、この二人は同系列のキャラクターと言えるだろう。
また、心を開かないト・ミンジュンの懐に入っていくチョン・ソンイの無邪気さはユン・セリのそれと重なる。
人と関わりを極力避けてきたト・ミンジュンが、スキャンダルをネタにした中傷に傷つくチョン・ソンイに指南する場面がある。
傷つかない方法を教えようか
与えたり もらったりせず 期待もするな
そうすれば傷つかない
それで楽しい? あなた(ト・ミンジュン)は友達もいない。 寂しくない?
部屋の前では大勢の記者が待ち構え、
眼下に広がる街では大半の住民が君を知っている
マネージャー、スタイリストにファン
常に囲まれていても 今は一人だろ?
それに微笑みを浮かべて答えるチョン・ソンイ。
違うわ。 二人よ
チョン・ソンイは、こうしてスルスルとト・ミンジュンの心に侵入していく。
ユン・セリがリ・ジョンヒョクにしたのと同じように。
2. 別の世界で生きる相手との恋、そして「運命」
三つのドラマに共通しているのは、別の世界に生きる相手と恋に落ちるところだ。
「星から来たあなた」では地球と宇宙、「青い海の伝説」では地上と海中。
そして「愛の不時着」では韓国と北朝鮮というように。
この「別の世界」との間には壁が存在する。
つまり、超えられない何らかの障害があるということ。
そしてその障害ゆえに、恋がままならない現実に苦しむという構図。
恋愛感情を盛り上げる要素として非常に有効で重要なのがこの「別の世界」という障害なのだ。
そして、「別の世界」に来てしまった側は、ある試練にぶつかる。
それは自力では生き抜けないという現実。
たとえば、人魚であるシムチョンからすれば地上、ユン・セリからすれば北朝鮮は未知の世界である。(宇宙人ト・ミンジュンの場合、400年以上も地球に住むベテランであり、既に地球は未知ではなくなっているのでシムチョンとユン・セリとは事情が違う)
思いがけず、いきなり未知の世界で生きることになった彼女たちには、支えとなる人間が必要だ。自分の世界では高い能力や権力を持つ彼女らも、未知の世界ではそれらは何の役にも立たないことを痛感する。
だから支えてくれる人に頼る。そしてそれが恋のトリガーとなる。
また、支える側のジュンジェやリ・ジョンヒョクからすると、自分の世界にやってきた「別の世界」の女は放っておけない存在となる。自分の常識とあまりにかけ離れている彼女たちが危なっかしいというのもある。
でもそれだけではない。
自分にとってその女が「別の世界」、つまり「未知」であるゆえに、もっと知りたいと思ってしまうのだ。人は未知に惹かれる生き物なのでその衝動は止められない。
そしてもう一つ、「運命」という要素は外せない。
「星から来たあなた」では、400年前に出会った少女と女優チョン・ソンイが瓜二つであることがひとつの運命。そして12年前に事故に遭遇しそうになったチョン・ソンイをト・ミンジュンが助けたことがもうひとつの運命として二人をつなげる。
「青い海の伝説」では、前世の生まれ変わりという因縁ともいえる運命が二人を結びつける。
「愛の不時着」の場合は現実世界が舞台であるため、先の二作ほどドラマティックではないが、過去にスイスで偶然出会っていた。
「運命」は恋における特別感を演出するのに最も役に立つ。
なぜなら「運命」には逆らえないというのがドラマ界におけるスタンダートだから。(ただし「青い海の伝説」では運命の出会いはあっても、「悲恋という結末=運命」を自らの力で変えていく展開)
それに、人はそもそも「運命」という言葉に弱い。
自分の力でコントロールできない「運命」は時に残酷なこともあるが、それによって愛が成就することもあり、最強のカードにもなり得る。
抗えない魅力があるのが「運命」なのだ。
3. 「相手の幸せを祈る」という愛し方
障害があるがゆえに「ずっと側にいることが叶わない」という、恋愛関係における致命傷を背負っている主人公たち。これも三つのドラマ共通のテーマだ。
しかし彼らは、それでも相手を愛することを諦めない。
悲観的になることなく、自分の感情よりも相手の人生を優先する愛し方で想いを貫こうとする。
「星から来たあなた」では、ト・ミンジュンが自分の故郷の星に帰ることを諦め、別れを悲しむチョン・ソンイのために彼女のそばにいることを決意する。地球に残ることは彼にとって死を意味するが、それでも良いと思っている。
そして「君の望む言葉を全部言ってはやれないが、君の描く未来を一緒に叶えたい」と彼女にプロポーズをする。
プロポーズを受けたチョン・ソンイは静かに言う。
夢から覚める時間よ
あなたは私のために どこかに存在して
私のために 死なずに どこかで生きていて
だからお願い
行って あなたのいた所へ
「青い海の伝説」では、前世から続く人魚との縁、そして「運命」を認識したジュンジェが、現世でシムチョンを守ると決意する。前世ではタムリョンが死んだことでセファも彼の後を追って死んだ。
ジュンジェはこの悲しい結末を変えることを心に決めたのだ。
そして、「ジュンジェが死んだら後を追う」と言い切るシムチョンに彼は強く言い聞かせる。
もしも 俺の身に何かあっても 必ず生き続けるんだ
生きることを楽しみ 幸せになれ
そして、「愛の不時着」では、北朝鮮から韓国へ帰るユン・セリをリ・ジョンヒョクが38度線まで送る途中、二度と会えないかもしれない彼女にリ・ジョンヒョクが言う。
「男に会ってもいい。何もなかったように過ごしてもいい」
「その代わり 孤独になるな」
「僕がいるから そばにいなくても君が寂しくないようにいつも思ってる いつまでも幸せでいてくれ それが僕の願いだ」
側にいることができないなら、相手の幸せを祈るしかない。
本当ならずっとそばで愛し続けたい。でもそれが叶わない。
彼らの決意と言葉の裏に隠された苦悩と想いが、じわじわと視聴者の心に響くのだ。
4. より洗礼されたロマンティックコメディ 「愛の不時着」
「星から来たあなた」と「青い海の伝説」は共にファンタジー作品だ。
ファンタジーにはファンタジーの良さがあるが、現実離れした設定に感情移入しづらいこともある。
その点、「愛の不時着」は現実世界を扱ったドラマなので感情移入が比較的容易だ。少なくとも人間同士の物語なので現実感はある。
視聴者は、物語を自分の生活や生きている世界に引き寄せてはじめて、登場人物たちの気持ちに寄り添うことができるのだ。
「愛の不時着」では、「星から来たあなた」と「青い海の伝説」で視聴者がときめいたエピソードや設定を、現実世界を舞台に落とし込み表現した。そのことで、より人々の共感を得ることができる作品となったのではないか。
また細かい部分についても、過去作のエピソードがフル活用されていてる点が興味深い。
たとえば、「初雪エピソード」「ラーメンを男と食べる問題」「別れの挨拶」そして「エピローグによる種明かしスタイル」などが、「愛の不時着」では過去作よりも更に洗礼された形で表現されている。
そう言う意味でも「愛の不時着」は、「星から来たあなた」や「青い海の伝説」の進化版であり完成形なのではないかと個人的には思っている。
まとめると、パク・ジウンのロマンティックコメディ作品には以下の要素が不可欠ということ。
①ツンデレ主人公(男)
②障害
③未知の世界の相手との恋
④運命
⑤自分のことより相手の幸せを祈るポジティブで一途な愛情
そして忘れてはならない最も大切ポイントは、恋に落ちたら一途で優しい、そしてやきもちを焼きのイケメンの男たちが、一筋縄ではいかない強くかわいい女たちを愛し、守る姿を観ることができること。
これに視聴者はときめき、一喜一憂し、作品を愛するのだ。
三作ともまさにそういう作品である。
その中でも特に、パク・ジウン式ロマンティックコメディの最新版であり進化版の「愛の不時着」は完成度の高い作品だと思う。
トップ画像:tvN「愛の不時着」公式サイトより引用
http://program.tving.com/tvn/cloy
(day 89)