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トヨタの決算発表から見えた企業がやるべきこと

マイクロ人事部長の髙橋実です。

トヨタ自動車の、2020年3月期の決算発表が行われました。
このコロナショックの中で、日本の盟主の企業がどのような決算発表を行うのかとても注目していたのですが、その内容は想像をはるかに超えるもの。素晴らしいものでした。アフターコロナの企業の進め方のヒントが山ほど詰まっていたので、Noteしてみました。ちょっと長いですがお付き合いください。

決算発表を539社が延期

「人の接触制限」「移動制限」が、世界規模で起こったこのコロナショックは、誰しもが予想しえない、そして誰しもが明日の未来を予想できない未曽有の出来事。しかもそれが「超短期間」で起こっています

一気に奈落の底に落とされた各企業は、混乱。
上場企業の23%が業績発表を延期するという異常事態になっています(2020年5月11日現在)。

誰しも想像していない中での決算発表の時期。しかも出社制限がされており日常業務もままならない中での対応です。延期した企業は責められない。

トヨタの2021年3月期は営業利益80%減

そのような中で、トヨタは決算発表を実施。その内容は、2021年3月期の営業利益80%減という、衝撃的な数字でした。

トヨタ自動車(7203)は12日、2021年3月期(今期)の連結営業利益(国際会計基準)が前期比80%減の5000億円になりそうだと発表した。世界的な販売減少が1兆5000億円、為替相場の変動が4300億円下押しする見込み。業績予想の前提となる為替レートは1ドル=105円と、前期実績と比べて4円円高に設定した。(日本経済新聞 2020年5月12日)

この決算発表の数字を、マスコミは大きく報道しました。
確かに数字だけ見ると、コロナショックは世界のトヨタの営業利益を80%も吹っ飛ばすインパクトのある出来事だと。

でも、この発表の中身をよく見てみれば、しっかりと5,000億円の営業利益を確保することを公表したのです。僕は、これに大きな意味を感じます。

この発表に、株式市場は好反応

当然のことながら、営業利益80%減の見通しとするならば、普通であれば株価は大幅に下落しても仕方ないはず。

しかしながら、5月13日の東京株式市場の下落率は2日間で▲4%と、比較的限定的。つまり、この評価は、「コロナショックがあっても黒字を確保する企業姿勢が評価された」と言えるのではないかと思います。

年初は7,000円台後半だった株価が、ここ直近では6,200円台まで落ち込んできている経緯はありますが(5月14日11:30現在は6,309円)、寧ろ事業影響のインパクトよりも「さすがトヨタだ」という印象なんだと思います。

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決算説明会内容を、リアルタイムで全公開

僕がなにより驚いたのは、このインパクトの大きい決算発表の内容を、全て自社ホームページでリアルタイムに公開した、という点です。

これは、見ていただければ分かるのですが、全てを公開している、という点です。僕はここに、企業としてあるべき姿の原点が詰まっていると感じました。

僕も企業人事として様々な経営者と関わってきていますが、企業の内情をガラス張りにして全公開する勇気のある経営者はほぼ皆無ということです。確かに、どんな企業にもウィークポイントはある。それをさらけ出すのは勇気がいります。僕は、「それを一緒に実現してくれる社員やステークホルダーと共有するほうが組織力が大幅に上がる」とどんな経営者にも提言をしているのですが、これを勇気をもってできる経営者は、残念ながらほぼいない。

それをまさに実現している、100点満点の決算説明会だと思っています。

少し詳しくこの内容を見てみたいと思います。

【Beforeコロナ】競争力強化の時期

特筆すべきは、第二部の豊田社長のスピーチです。
まず、これまでの企業体質を、振り返っています。

昨年の決算発表の場で、「トヨタの課題は何か」というご質問をいただき、私は「トヨタは大丈夫という気持ちが社内にあることだ」とお答えいたしました。長い年月をかけて定着してしまった「トヨタは大丈夫」という社内の意識、それを前提にモノを考える企業風土。これらの変革に本気で取り組むきっかけになったのが、私にとっての「意志ある踊り場」だったような気がいたします。

そして、「変わらない組織」に対して、まず経営陣が見本を示し、そして、それを従業員に課す。しかも「労使協調」の形で

ちょっと話がそれますが、僕がBeforeコロナにずっと経営者の方に言い続けてきたことが、以下のことです。

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僕は、「日本の労働人口の未曽有の減少」に対して警鐘を鳴らして、平時の時から①事業構造の変革②多様な人財の活用をしなければ、今後の環境変化に耐えられなくなる、と言ってきました。でも、そうしたら今回のコペルニクス的転換が起こってしまった(笑)。まあ、神様があまりに動かない我々に焦れてしまったんでしょう(笑)。

トヨタは、まさにこの2つ「①事業構造の変革」と「②多様な人財の活用」に打ち手を打ち、体現しています。

トヨタらしさを取り戻す闘い(新しさの表現)

「トヨタらしさを取り戻す」というのは過去に時間を使うことだと思います。過去に時間を使うのは私の代で最後にしたい。次の世代には未来に時間を使わせてあげたい。だからこそ、未来に向けた種まきだけはしておきたい。これが私の考える理想のタスキわたしです。

これを見て、ふと思いました。
「あれ?トヨタらしさって、なんだろう?」と。(僕も以前トヨタグループに勤めていたことがあるので)

僕は「これは、”新しいトヨタ”を作るための絶妙なフレーズ」だと感じました。確かに「トヨタは大丈夫」と思い込んでいる思考停止している従業員を動かさなければいけない。でも、コロナショックで将来がまだ見通せない中では「本当に新しいことをして大丈夫か?」と不安を煽るだけ。この回帰的表現は「コロナに打ち勝ち、良かった(皆がイメージできる)昔に戻るんだ!」(じつは、新しい形を作るのだけれど)というメッセージだと。

これは、同じように思考停止している従業員が多い企業や、歴史があり変化を恐れている企業、日本で多い中小企業に十分使える表現方法だと思います。

国内生産300万台の維持というメッセージ

トヨタが長年にわたって、ずっとこだわり、ずっと「やり続けてきたこと」をお話させていただきます。
それは「国内生産300万台体制の死守」です。(中略)
トヨタだけを守れば良いのではなく、そこにつらなる膨大なサプライチェーンと、そこで働く人たちの雇用を守り、日本の自動車産業の要素技術と、それを支える技能をもった人財を守り抜くことでもあったと考えております。

これがまさに「これからの明確な指針」です。
恐らく今期のトヨタは、この「国内生産300万台」が、従業員、そしてあらゆるステークホルダーの共通言語になるはずです。

「石にかじりついても守る」
この表現に、強固な意志を感じます。

厳しい時代だからこその共通言語を作る。僕が見てきた組織運営がうまくいっている企業は、すべて社内の「共通言語」をもって浸透させています。単なる上辺のメッセージや、経営が一方的に作ったメッセージでもなく、「わかりやすくて全従業員がイメージできる1つのワード」にしていること。

このコロナショックは、全ての人にウイルスという共通敵がいます
これほど全世界の人が、同じ想いを共有したことは、ありません。
だからこそこのタイミングで「社内でも共通言語を作る」絶好のチャンスです。これは、トヨタだからではなく、寧ろ小回りの利く中小企業の大いなるヒントになると思います。

経営としての価値観

経営者として豊田章夫さんが素晴らしいのは「自身の価値観を分かりやすい言葉で伝えている」ということです。

それは、「守り続けること」、「やり続けること」は、決して簡単なことではないということです。
今の世の中、「V字回復」ということがもてはやされる傾向があるような気がしております。
雇用を犠牲にして、国内でのモノづくりを犠牲にして、いろいろなことを「やめること」によって、個社の業績を回復させる。それが批判されるのではなく、むしろ評価されることが往々にしてあるような気がしてなりません。
「それは違う」と私は思います。
しかしこの11年間、私はトヨタを「強い企業」にしたいと思ったことは一度もありません。
トヨタを「世界中の人々から頼りにされる企業」、「必要とされる企業」にしたいという一心で経営の舵取りをしてきたつもりでございます。
大切なことは、「何のために強くなるのか」、「どのようにして強くなるのか」ということだと思います。
私は、「世の中の役に立つ」ために、世界中の仲間と「ともに」強くならなければいけないと思っております。
ゴールデン・ウィーク中にある方からお手紙をいただきました。そこには、こんなことが書かれていました。
「池の周りを散歩していると、鳥やカメや魚が忙しそうに動き回っている様子を目にします。人間以外の生き物はこれまで通りに暮らしている。人間だけが右往左往している。“人間が主人公だ”と思っている地球という劇場の見方を変えるいい機会かもしれません」
私もまったく同感です。
今回の危機で、考えさせられたことがあります。
それは、「人間として、企業として、どう生きるのか」ということです。

もう解説は不要ですね。これだけの明確なメッセージを、自分目線で話す。かっこいい言葉でなくとも、伝えることは山ほどできるということです。

トヨタイズムの記事でも、さらに豊田社長の素晴らしいコメントが続きます。僕は「守り続けるものは何か?それはリアルな世界」が好きです。

トヨタの決算発表は何がすごいのか(まとめ)

改めて、今回のトヨタの決算発表は何がすごいのか。
たくさんあるのですが、ここではあえて3つのことについて。

①ステークホルダーに対する安心感の醸成
なにより一番素晴らしいのは「全てのステークホルダーのことを考えた決算発表」という意図が明確に表れていることです。
長期的目線を数値化指標として出すことによる株主の安心感、3万社を超えるサプライヤーは、この数値化指標により何をすべきか理解できる安心感。そして、この内容を見た社員は、安心し、そして自身がアフターコロナに何をするべきなのかを明確に理解できていると思います。

②すべてをガラス張りにしていること
経営からすると、自社の「不都合な真実」を伝えるのは、抵抗を感じる経営者がとても多いです。そのため、経営としての視点と、従業員に対するメッセージが異なり、二枚舌になってしまうケースは往々にしてある(まあ、僕の場合、経営者の意図を汲んでその二枚舌を完成させる役割を担う仕事もとても多いのですが)。でも、それだとどこかで綻びが出るんですね。
そして、人間は隠されているものに対して疑心暗鬼が広がる。そうすると、それぞれの信頼感が欠落し、一枚岩になれない。それを払しょくするためには「どんな不都合なことでも、真摯に向き合えば通じる」ということです。

③企業は、誰のものか(経営の揺ぎなき価値観)
僕が一番変えられないと思っていること。それは「経営者の本質的な考え」です。特に「会社は、誰のものか」という視点は、残念ながら変えられない。口ではいいことを言っていても、本質的に「自分の野心を実現するもの」として利己的に企業を捉えて経営している経営者は残念ながら多い。
利他的な考えは「リーダーとしての必要な資質」ではないかと思っています。アフターコロナは、僕はこの「利他的資質」を持っていない人は、排他される世の中になると思っています(この点はまたNote書きます)。

「中小企業のうちの会社にはできない」のか?

僕はよく中小企業の経営者の方に「トヨタ経営は見ておいた方がいい」と話をしています。でも、大半返ってくるのは「世界のトップ企業はすごい」「うちとは比べ物にならない」という答え

でも、果たして本当にそうでしょうか?
このNoteでお伝えしたことは、本当に中小企業でできないのでしょうか?
本質を見ずに「トヨタは大企業だ」と考える時点で、思考停止に陥っているだけではないですか?この答えが返ってくるといつも、残念に感じます。

アフターコロナは、これまでとは確実に世界が変わります。
コロナショックは、残酷にも今まで「まだ大丈夫だ」となおざりにしてきたことを、明らかにしてしまいました。
これから成功する企業は、本質を捉えて愚直に実行する企業だと、僕は考えています。

今足元で事業収益が厳しくとも、できることは山ほどあるはず。
コロナショックはあれど、確実に世界経済は、戻ってきます(過去の有事もすべてそうだった。そのレジリエンスを人類は持っている)。

そこに向けて今やるべきことの指針の示し方の最高のお手本です。
僕は、それを実現したいと本気で願う企業のお手伝いを全力でしたいと思っています。

PS1:
こうして書いていますが、僕は決してトヨタ親派でもなんでもありません。昔トヨタ車に乗っていたことはありますが(86はいいクルマでした)、今はスバル派ですし。でも、本当にいい経営をしている企業だと、心の底から思うので、こうしてNoteに書き記しました。

PS2:
政策には僕は口を出さないと決めていますが、トップリーダーとして何をやるべきかのヒントは必ず見つかる事例です。政治に関わっている方も是非参考にしてもらいたいと願っています。

●ご質問・ご相談などはこちらまで


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髙橋実@マイクロ人事部長
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