長屋的な生活
「さっき、〈まるいち〉でお刺身食べたでしょ」
夕方五時の開店を待って、中華料理の「ポパイ」に入ると、女将さんがにっと笑って言った。
夕方にポパイでラーメンを食べたいから、ちょっとだけお刺身をつまみたいんですーーと、昼間「まるいち食堂」で話したのが、もう伝わっている。
「情報が早いですねー」
「そりゃそうよぉ」
笑って、カウンター席に座った。
長屋的な生活、という言葉が浮かぶ。
長屋で暮らしたことはないけれど、人生の一時、マンションで長屋的な暮らしをしたことはあった。
学校から帰ったら、自分ちの玄関にランドセルだけ放り投げて、同じ階に住んでいる幼馴染みの家に、チャイムも鳴らさずにあがりこんでいた。
玄関はいつも鍵がかかっていなくて、その幼馴染みの家はみんなの溜まり場になっていた。
ひとえに、その幼馴染みの、お母さんの人柄によるものだった。
(悪いことをしたら、自分ちの子と同じように叱ってくれたっけ)
その記憶がずっと心の底にあって、遠くに転校してしまってからは、ふとしたときに「カントリー・ロード」を口ずさんでいた。
その幼馴染みのお母さんと似た性質の雰囲気を、私はポパイの女将さんに感じている。
三崎港通いを始めたのには別のきっかけがあったけれど、いまではポパイの人たちに会うのが、一番の楽しみになっている。
散歩をして、一日の終わりに、自分を覚えてくれているお店に入る。
都内で隣人の顔も知らない暮らしをしていると、そんな小さなことが、じつはものすごく大切だったりすることを、しみじみと感じる。
結局、小さい頃に好きだったもののなかに、自分にとって一番大切なものが、埋まっているのかもしれない。
(名物、まぐろラーメンも絶品。とろっとした塩味の餡かけスープと、そぼろ状のマグロが食欲をそそります。次は、ワンタンと餃子の予定)
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