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なんでも読みます(6)スポーツ新聞を読む

「じゃあ、レイコーね。」
 そのオーダーの一言で、出身地とおおよその年齢が分かってしまった。しかも手にはスポーツ新聞。おそらく阪神ファンですね。では今日はお客様に合わせて、関西弁でいきましょか。

「なんでも読みますって書いてあるけど、スポーツ新聞でもええの?」
「ええ、もちろん。なんでも読みますよ。」
 でもできればお色気記事はやめて下さいね、と心の中だけでつぶやいた。
 しかしなぜ関西弁で話す時は、低めの地声になってしまうのだろうか。

「どこ、読みましょか?」
「ほな、まず1面。昨日、阪神勝ったから。」
 スポーツ新聞を読んでほしいほど阪神の勝利がうれしいとは、相当の虎キチだなと思いつつ、お色気記事ではなかったことに胸をなでおろした。

 1面には赤や黄色の様々な見出しが躍っていて、どこから読み始めようかと目移りしたが、まずは大見出しから。
「MVP男、止まラン。森下、本塁打」と大きめの声で読み上げる。続けて記事へ。本文は標準語、会話は関西弁で読んでみたら、お客様はアイスコーヒーをすすりつつ、満足気に聞いてくれているようだ。

 1面を読み終えると、こちらも祝勝気分になってきた。
「今年の阪神、がんばってますねぇ。」
「そうやねん。でも広島がじりじり迫って来てるから、気が気やないわ。自分も阪神ファンなん?」 
「地元なんで、一応はそうですねー。でも最近は試合を見てないから、選手の名前をよく知らないんですよ。」
「ナイター中継も減ってしもたしなぁ。」
 確かにそうだ。会社から帰ってきたお父さんが、枝豆をつまみながらビールを飲み、阪神の選手に愛ある悪態をつくという関西の夏の夜の光景は、昔のものとなってしまったのかもしれない。

「どんな選手やったら覚えてんの?」 
「そうですねー、バース、掛布、岡田の3者連続ホームランとか。」
「あはは、年が分かるな。」
・・・はいはい、そんなこと自分が一番よく分かってますってば。
「筋金入りの阪神ファンですか?」
「いやいや、ちっちゃい頃はそんなに興味なかったんやけどね。大阪で仕事してたら、すっかり阪神ファンになってしまったというか、ならざるを得んかったというか。」

「ああ、それ、分かる気がします。私も大阪の会社に勤めてたころ、タクシーに乗ったら運転手さんに『昨日はやっと勝ちましたね。』って言われて、一瞬『ん?』と思ったんですけどね。ここは大阪、阪神のことかと思い直して、『そうですねー。やっと勝ちましたねー。』と答えたら気持ちが緩んで、車内に連帯感が生まれたような気がしました。大阪にいると、前の日の阪神の勝ち負けを知らないと、やっていけないというか。」
「そうそう。知らんうちに阪神ファンになっていく。でも人を傷つけるような話題やないし、知らん人とでも話せるし、巨人ファンやったら、それはそれでまた話もできるし、阪神をネタにするとラクなんよね。」

 大阪の社交を担うタイガース。すごいじゃないか。

「でもねぇ、定年になって家にいてたら、クサクサしてきてね。カミさんとも話はするけど、他人とも話したくなるやん。こういう喫茶店やったら、阪神ファンの人もいたはるかなと思って入ってみたら、なんでも読んでくれるって書いてあったから。」
 なるほど、そういうわけだったんですね。スポーツ新聞を媒介に、誰かと話がしたかった。もちろん大歓迎ですよ。そういえば、前に来てくれた「時刻表のおっちゃん」なら、一緒に阪神の話ができるかもしれないな。

 孤独感を抱えていたり、気が滅入ったり落ち込んだりしていても、他愛のない会話によって、気が紛れることがある。悩みを解決することはできなくても、悩みと共に生きてもまぁいいかと思えるような、心のゆとりを与えてもらえることもある。

 大阪の空の下、阪神タイガースのネタに救われている人たちは、今もまだいるのだろうか。

お望むみのものを、なんでも読みますよ。
お話だけでも歓迎です。
あなたのお越しを心からお待ちしています。


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