読書記録:ぬるい眠り 江國香織
時間って、容赦なく過ぎていってしまう。わたしはそれがあまり好きではない。居心地のいいものが、他のなにかに変わってしまうのが怖い。
だから『きらきらひかる』を読んだ後、笑子と睦月と紺のこの時間が、3人の幸せな時間が、ずっとこのままだったらいいと心底願った。
でも『ケイトウの赤、やなぎの緑』でみたその後の彼らは、前のままというわけにはいかなかった。笑子と睦月の家にはいろいろな人々が出入りし、紺には新しい恋人ができていた。けれど彼らのゆるい幸せは、今もそこに在るようだった。時間がたって、結局のところ彼らには、大切な人と好きなものが増えていた。
時間は今を奪っていくけれど、素敵なものを与えてくれもする。それに気づくことができたらいい。
進むことも変わっていくことも、全然悪いことじゃないよと、笑子と睦月と紺が教えてくれたみたいだった。
『ぬるい眠り』も、そんなことをいっている気がした。
雛子の耕介さんとの時間は過ぎ去ってしまい、辛いお別れを経験した。でもそうして雛子が今立っているのは、どん底なんかじゃなくて、清々しいスタート地点だ。雛子は、かけがえのない恋を失って、でもかけがえのない何かを得た。ぽっかり寂しさはあるけれど、気持ちの良い風が吹いている。
時間よ止まれ、ずっとこのままがいいんだ、と願ったところで仕方がない。時間が過ぎていくのを“嫌だな”と思い、でもそれで“良かったな”と思える時間がまたやって来る。それを一生のなかで延々と繰り返して、進んで、変わっていくんだろうな。これからも。
全9編の短編集。
江國さんの描く心と言葉に、ずぶずぶと沈んでいく。でも最後には、静かにしゃんと前を向いている。そんな物語たち。
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