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社会を変えるのは中の人か、外の人か。


普通に生活していて、わたしは中の人だし、外の人だと思っている。
坂ノ途中という会社の中の人として野菜は売っているけれど、それ以外は外の人。

お金をもらって、お金を払って生活している人は
中の人として何かを提供してお金をもらって
外の人として何かを提供してもらってお金を払っている。


中の人が変えるの?

「中の人が変えるんで」と言われた時の疎外感

個人的に、いろんな課題に関心がある。
農業のこともそうだけれど、アパレルの問題も関心の高い方だ。

ラナプラザ崩壊のことが印象に残っているせいか
トゥルーコストのせいか
大量生産大量消費の権化でもあるから、問題視しやすいためか。

数年前に、そんなアパレル業界の人がクラウドファンディングをしていた。
どんな内容かはちゃんと覚えていないけれど、「エシカルファッション」にまつわるものだった気がする。
それをリツイートして、「応援してます」と送ったら
「はい!わたしたちでがんばります」というような内容だった。
きっとそういう意味ではなかったけれど、なんとなく勝手に、
「中の人たち(=エシカルファッション業界の仲間)でがんばります」みたいな風にとらえてしまった。

そのとき、課題を解決するのは中の人なの?
そんなふうに思ってしまった。

業界の人、ある程度関心のある人はそれでいいけど、それじゃ絶対に課題は残り続ける。

中の人だけ(業界の人だけ)、わかっている人だけでわちゃわちゃしたって、そんなのただのわちゃわちゃで終わる。どれだけ関心のない人を知らない間に巻き込むか、でしか変わらないのではないか、そんな風に思ってしまった。


中の人になったからこそわかるあれこれ

中の人だけじゃ、と書いた矢先に反対なことを言うけれど、やっぱり中に入らないとわからないことって本当に本当に多い。

わたしもはじめの1,2年は自分の会社の立ち位置がわからなかった。(笑)

オイシックスと何が違うの、食べチョクじゃだめなの?
JAとはどういう関係?
市場流通って何?市場に出す農家さん、出さない農家さんいるのなんで?
なんでうちと取引してる農家さんは市場に出さないの?出せないってどういうこと?

自分でも毎日野菜を見て触って、農業周りのことを調べて勉強して、ようやくそのあたりのことがわかってきた。

それをわかった上で、自分のやってることを俯瞰して見てみると、それはそれは大層なことをやっているし、おのさんが時々言う「同じようなことしてる会社ってうちぐらいだから」の意味がようやくわかってきた。

西喜商店の近藤さんに会うと「坂ノ途中まじすごい」と言ってくれるけど、業界にいるからこそ、実情を知っているからこそ、わかることもある。

だし、結局、中にいるから。手を動かして変えていける。実際に改善していくのは中の人、外の人は口は出せるけど、手は動かせない。

外の人が変えるの?

お金を払うのは外の人

結局、中でやる人がどんなにいいサービスを考えても、それを使う人、外の人がいなければ成立しない。

どれだけデザインもスペックもいいアップル製品があっても、「買う人」がいなければ、ここまでアップルは大きくなってない。ビジネスであるならば、外の人に買ってもらわないといけない。


農業で言えば、どんなにいい野菜、どんなにいい流通、課題解決方法があっても、農家さんと農業業界の人が買う量なんてたかがしれてる。(むしろ、そんなに野菜を買うことないですよね?)でもそれじゃ広がらない。お金がの循環がないといけない。

結局、お金を落としてくれるのは外の人になる。


どこの業界だって、外の人の関心が大事

昨年末あたりから、成田悠輔さんにはまっていて、切り抜き動画もちょこちょこ見てる。
そしてたまたまこの動画を見た時に、そうだよなあ〜と全力で共感した。


てぃ先生
「保育業界内だけでこの問題を話し合っても意味がないですよ。はっきり言って。
変わるものって何もなくて。業界外の人たちを、どんどんどんどんこの業界にどんな形でもいいから引っ張ってきて、優秀な人たちに知ってもらって考えてもらって、アイデアを出してもらわないと、何も変わらない」

いやあ、本当にそう。
上記に書いたように、中でわちゃわちゃしてても変わらない、っていうのはどこの業界でも同じなのだなと。日頃、保育業界にほとんど関心がないからこそ、そうか、根本は同じだよな、と思わされた動画だった。


そう、でもっこからが問題・・・


外の人だからこその知識量と限界視界

外の人が関心を持つことは、それはそれはとても大切なんだけど、でもだからこそその知識が断片的、そしてわかりやすいキャッチーなものを信用してしまいがちだ。

人は分かりやすさ、耳障りのいいものに流される。
(おのさんが言うわかりやすさに逃げないってこういうのなんかなって思ったりする)

そわたしも入社する前は
「F1種ってなんだかよくなさそう」
「少量多品目でやってる農家さんこそ自然だ」
「市場とか、中間流通って必要ないよね?」というような、

なんとなくこうだろう、
なんとなくの自然、農的暮らし的な農業が人間らしい。
みたいなことを考えていた。

まさに、断片的で、分かりやすい、耳障りの良いものをそのまま信じていた。
実際は、違っていたり、「そういう側面もある」という事実なのにも関わらず、「それが全てだ」というように思っていた。


そして巻き起こる・・・


外の人は黙っとけ。

外の人は知識がない。わかってない。
やったこともないのにわかったような口するな。

知識量が100の中の人と、知識量が20の外の人(仕方ない)の中で分断が見受けられる。

難しいですね。。。

😑😑😑😑😑

どっちの気持ちもわかるのです。

わかってないなあ〜
それは明らか違うでしょ。ということもある。

でも、普通に生きていたら知らないよね、ということもある。

たしかに、わかりやすさに逃げて、表面上の耳障りのよいものだけを信じるのは違う。

いや、でもこの忙しい現代、ネットを開けば耳障りのよい情報ばかりで、でも反対のことを言っているものもあって、何が正解とするのかもわからない。

そりゃちゃんとしたこと知りたいけど、それさえもむずかしいじゃん・・・😂って思う。

わたしは農業のことざっくりとは理解してきたけど、全てのことはわからない。
(堆肥、肥料、中山間と平地との違いも、市場に出しているぐらいの面積でやってるの農家さんのところも行ったことがない=想像もできていない、オイシックス(=日本最大の有機宅配)の物流事情とか、農家さんってどうなってるのかとか、スマート農業のことも知らない、海外の流通事情も知らない、、、知りたいことたくさんだ😂)

でもわからなかったら、それに対して考えちゃダメですか?
ちょっと調べて、せっかく関心持ったのに、100%正解でないといけないのですか?
それってめっちゃハードル高くないですか?

政治と同じで、知らないから語れない、表面上だけの情報だけで自分の意見を持つのはよくない、ってすごく閉鎖的。


どうしたらいいのよ😂

中の人は中の人で、もっと外にいる人への理解を深めることが大切なはず。

だって、たまたなにかの中の人かもしれないけど、どこかの世界では外の人でもあるわけで。そういう謙虚さと、視点が必要なんじゃないか。
「そりゃわからんよな、1年目の時の自分はこういう考え、視点だったな」
ってぐらい目線を下げて説明してくれないと、知りたい人もハードル高すぎる。

そして、外の人は外の人で、わからないから黙る、はよくないけれど
わからないからこそ一緒に勉強していきましょう。と言いたい。
世の中のことって想像以上にいろんなことが複雑に入れ込んでいて、一言で片付けられるほど簡単に解決できない。
複雑だからこそ、いろんな視点が必要になるけれど、実際、外にいたら見えないことが絶対にある。

そしておのさんが言う
「わかりやすさに逃げない」というのも大切だと思う。


わたしも、農業のこと、アパレル業界の問題、環境問題、エネルギー問題、持続可能な未来にしていくにはどうしたらいいのかな〜って勉強している。中のことも、外のことも理解を深めていきたい。



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