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イッヌ

いつでも、犬はあの音を待っていた

犬は、チリンチリンという、あの音を待っていた

犬は、あの音が鳴った後は決まって人間がご飯を持ってきてくれる事を知っていた

はじめの頃は、「その音」と「ご飯」は何ら結び付きが無い個々の2つの事象でしかなかったが、次第に犬はその2つの間に存在する関係性を学んでいった

犬は「賢い」のだ

人間が持ってくるご飯は色んなものが豪華に混ざっていて、一日たりとも同じものは出て来なかった

犬の健康を気遣って、カルシウムのために魚の骨が入っていたり、ビタミンのために野菜のヘタが入っていたりで、よりどりみどりだった

そんな美味しいご飯が大好きだった犬は、チリンチリンという音を聞くだけでたとえどれだけ深い眠りについていようとも、火がついたように飛び上がって、尻尾を振り回し、よだれを垂らして人間の姿とご飯の匂いを探すようになった

「音」と「ご飯」の結び付けがあまりにも強固で絶対的なものであったので、しまいには犬は音が鳴ってなくとも、人間が近くを通るだけで起き上がって小躍りしながらその後ろをついて回るのだった 

ある日犬がいつものように昼寝をしているとチリンチリンというあの音が聞こえてきた

犬はすぐさま飛び起きてあたりを見回した

しかし、人間は来なかった

どれだけ待っても、人間は来なかった

犬はしばらく諦めきれず、周りをうろうろ落ち着きなく歩き回ったが、疲れたのでまた昼寝に戻った

その日を境に人間は全く来なくなった

しばらくして犬は人間からのご飯を待つことを辞め、自分でご飯を捜すようになった

もちろん、人間からの美味しいご飯を懐かしまない日は無かった

しかし、しばらくすると犬は、人間からのご飯のことは忘れて今生きることに集中しよう、と決めた

実際に自力で生き抜く中でその目標は自然かつ無自覚に達成された

犬は人間がご飯をくれる様になるまでは、自力でご飯を捜していたのだ

人間に頼らず自力で生きているというプライドは犬の生を美しく気高く彩ったので、多少ご飯が見つからない日があってもへっちゃらだった

しばらくそんな生活が続くと、犬は人間のことなんかすっかり忘れていた






チリンチリン

犬はハッとした

忘れていた音

忘れたと思っていた音

忘れたかったあの音

それは犬の理性が音の正体を分析・思考する前に、犬のもっと深いところに突き刺さった

犬は考えるよりも先に走り出していた

走りながら犬は自分が全くもって美味しいご飯のことを過去のものとして乗り越えられていなかったことを自覚した

ただ、あの美味しさを忘れていただけだったのだ

と言うよりむしろ、思いださないように心の奥底に押し込めていただけだったのだ

その抑圧した思いが、美味しかったご飯の記憶が、音という単純な刺激によって呼び起こされた

自力で世界を生き抜く事にプライドを持った気高き犬の姿はそこにはもうなかった

ただ、よだれをまき散らしながら走る獣がそこにいた

息をはぁはぁ言わせながら犬は目的地に着いた

犬は瘦せてほりの深いぎょろぎょろとした目で人間と、あのご飯を捜した

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チリンチリーン

風鈴が心地よく楽しそうに風に吹かれる

おじいさんがその音に癒されながら、袋をもって外にでる

おばあさんがおじいさんに言う

うちのゴミをしょっちゅう漁ってたあの犬、最近見なくなったね

そうだな、うちのゴミばっか食べてたからどっかでのたれ死んだんだろう

勝手に近くに住み着いて迷惑してたからせいせいしてるよ

そういいながらおじいさんは持っていた袋を家から少し離れた、ゴミを集めているところに投げた

その袋は生ごみでいっぱいで、その中には魚の骨もあった

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ジョージオーウェルの『動物農場』を読んだせいで動物に何かを投射した物語的な何かを書きたくなった。
犬は自分。
人間、風鈴、生ごみはそれぞれ・・・

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