気づきをもって、丁寧に生きる 〜マインドフルネスストレス低減法〜
マインドフルネスストレス低減法(MBSR)の講師である、江崎浩明さん(公認心理師、産業カウンセラー)、叶香代さん(臨床心理士、スクールカウンセラー)に、MBSRを教えることや実践についてお伺いしました。
お二方は、IMA/IMCJのMBSR講師養成一期生として1年半のトレーニングを経て講師資格を取得し、2023年3月開講のMBSRコースを一緒に教えられており、5月からもMBSRのクラスが始まります。
インタビューアー:宮本賢也
―――お二方は、MBSRのクラスをいま教えていただいていますが、普段は別にお仕事をされています。普段はどのようなことをされているのでしょうか。
江崎
いくつかの職場があるのですが、一つは看護師さんとか、理学療法士さん、作業療法士さんとか、そういった医療従事職になる方を養成する学校で、心理学やカウンセリングについて教えたり、企業で新入社員研修やパワハラ研修などの研修業務、病院のスタッフ向けの相談業務を行ったりしています。
叶
普段は大学や小学校でスクールカウンセラーをしています。引きこもりの相談業務も行っています。
―――今、お二人でMBSRを教えられている最中ですが、MBSRを教えるというのは、ご自身にとってどのような体験でしょうか。
叶
私は、教えている時にすごく感動したり、面白かったり、難しいなと思ったり、いろんな心が動くことがたくさんあります。
―――嬉しかった時というのは、たとえばどのようなときですか。
叶
ちょうど昨日クラスがあったのですが、そのクラスの中で嬉しい体験を聞く機会がありました。みんなでそのような話を共有するという場にいるだけで嬉しい気持ちになります。普段、そういった話をする機会も、聞く機会もありませんよね。ちょっと立ち止まって、嬉しかったことを振り返るという機会が、独特の感じがします。なので、クラスで教えることが、シンプルに楽しいと感じます。
―――ありがとうございます。江崎さんはいかがですか。
江崎
私自身が、一人で瞑想の練習をしていた頃は、これで正しいのかなという不安を感じて、練習が続かないこともありました。そういうこともあり、せっかくMBSR8週間コースに参加していただいているので、実践をしっかりできる機会を提供したいという気持ちで臨んでいます。
マインドフルネスは私自身にとって大きなサポートになっているので、マインドフルネスを伝えたい、教えたい、という気持ちが先走ることがあります。これは気をつけないといけないと思いながら、同時に、教えずに「ご自身で体験してみてください」というスタンスが強すぎると、それもまた受講者の方のモチベーションを損なうことにもなりかねないので、このバランスを取ることにいつも注意しています。
―――いまはMBSRを教えるという立場です。MBSRに受講者として参加することと、教える立場で参加することの共通点や違いはどうでしょうか。
江崎
まず、共通点としては、講師も受講者のみなさんと同じホームプラクティスをしているということです。講師も一実践者として、同じことを行います。違う点は、クラスの中での瞑想やエクササイズへの入り方です。
ガイドをしながら、自分自身が瞑想を体験するという側面もあるのですが、ときどきに「今は講師の立場なので」とそこから上手に距離を取るようにしています。それはちょっと難しい点だなと感じます。
叶
私も共通点としては、同じ実践者として、毎日の練習を行うことです。そして、クラスでは、喜びも苦労も一緒に仲間と感じていく、ということも共通していることです。
違う点は、講師の言動が受講者の方に与える影響は、受講者同士の場合と異なるので、その点は注意をしています。講師としての役割を果たす場合は、その点にも自覚的になる必要があります。また、クラスの場が、皆さんが心配なく安心して参加できる場になるように、その場所を守る、保つという責任感も感じます。
受講者の方が、ああしなきゃ、こうしなきゃ、と思わなくて良いような場にしたいと思っています。
―――ありがとうございます。お二方の話に共通しているのは、受講者の方が自分で気付くための環境を作る、ということがMBSRのなかのとても大事なプロセスだということです。そこでの講師の役割は、受講者の方が安心して探索できるための場を作ることだと思います。
―――それでは受講者の方にどのような心持ちでクラスに参加してほしいと感じますか。
叶
自分らしい状態でクラスに居る、ということをしていただければよいのかなと思っています。私達の普段の生活では、外部の目を気にして、こういうことをしてはいけないとか、言ってはいけないとか、そこに注意が向きがちです。それが、このクラスという安全な場では、もちろん他の皆さんを傷つけないようにというルールの中でのことですが、自分の中から浮かんでくることに従って、その場にいる、という体験をしてほしいと思っています。究極的には、ただそこにいることが認められる、許される、そういう感じ方です。もしくは、それを自分に許していなかったんだ、と気付くことです。
―――クラスの最初に、最低限のルールとして、この場で話されたことはクラスの外に持ち出さないとか、お互いにアドバイスをせず他ただ耳を傾ける、といったことをお互いに約束します。そのルールを守ったうえで、普段、社会の中で求められるような役割を果たすということは一旦横において、自分が感じたことを話す、ただそこにある、ということを受講者の皆さんに体験していただくことがMBSRの大事な部分だと思います。
江崎
ある受講者の方とお話ししていた中で、「忙しすぎて、今自分がどのように感じていたかを振り返る暇もなかった、前にそういう時間をとったのはいつだったかな」ということを聞きました。そうした話を聞いた時に、MBSRのクラスは、自分を振り返る力を取り戻す、という意味でいい環境なのではないかなと思います。
―――先ほど、実践の大切さについてお話がありました。毎日の実践は、ご自身の生活や、クラスを教える上でどのように影響を与えていますか。
江崎
私は、仕事の中でも、他の方と一緒に瞑想を行うことがあります。また、日によって朝出る時間の余裕があるときは長めの瞑想を行います。その瞑想の時間が短くなると、日常の中でマインドフルになる時間がおろそかになるように感じます。その点で、しっかりと習慣化していくことが必要だと思います。瞑想を続けることでマインドフルネスの力を保てているような感じです。
―――マインドフルネスの力とはどのようなことでしょうか。
江崎
例えば、日常のなかで焦って我を忘れるような時に、今の状態に気づいて、起きた出来事に対して自分がどう反応しているかを丁寧に見る、という感じです。そのうえで、いま必要な行動を選んだり、出来事の解釈を選択したりします。その土壌になる力だと思います。
叶
私の場合、毎日の実践が、それがなければ見過ごしていたであろうことを見つめる機会になっていると思います。たとえば、胸の中にもやもやしたことがあって、なんとなく気づいているけど、そこに目を向ける機会もなく、そのまま過ぎ去っていくようなことがあります。瞑想の実践を例えば40分やる時間というのは、他のことは一旦横において瞑想のために使う時間ですから、そのもやもやをそのまま過ぎ去らせることもできず、そのことと向き合う時間になります。それを眺めていると、なんでこんなもやもやがあるんだろうという考えが浮かんだり、イメージもでてきたりして、そのうちに、「あ、いま悲しいんだ」といった感情に気付くこともあります。この悲しい感情を十分に悲しむことをしていなかったのだなと。もやもやとした感じがサインを送ってくれていたのに、そのことに耳を傾けることなく時間を過ごしている状態の中で、この瞑想の時間が、そこに向き合う時間になります。この作業をしないと、その悲しさはずっと心の奥底に留まり続けて、時々に顔を出してきます。特に私たちは忙しい毎日を送っているので、このような時間は、大事な時間です。
叶
もう一つ実践に関して感じたことは、長期的に実践して、いままでより身体感覚気づきやすくなったということがあります。いままで以上に不快さに気付くということも起きます。最初にMBSRに参加した頃、何度も身体感覚を尋ねられ、「またか」という気持ちになったこともあるのですが、今になってみれば、その意味がわかります。身体感覚が自分の今の状態を知るサインとして機能してくれることがあります。それにより、自分の欲に早く気づいたり、しっかり悩んだりすることができるようになりました。
―――しっかり悩むとはどういうことでしょうか。
叶
今まで以上に自分の状態に敏感になることで、こんなことに気が付きたくなかった、ということに気がつくことがあります。それは、苦しい体験なのですが、一方でそのことに気づかず悩まないということであれば、衝動的に何かしてしまう可能性もあります。これを意識の上にのぼらせて、悩むことで、最終的に自分がしっかりと選択をすれば、後から後悔することは減るのかなと思います。自分で決めたのだから、その結果も自分で引き受けようという覚悟ができます。
江崎
たまに瞑想をしていたという時に比べて、MBSRの8週間でしっかりと実践をすることで、いままで起きていたのだろうけど気づかなかったことに気付くようになっていって、見ないようにしていたものも含めて、丁寧に見ていく、その力がぐっとあがるように感じます。そのことで、先程おっしゃっていたような、マインドフルネスをやると良いことばかりが起きるわけじゃないよ、ということも含めて、自分の人生を丁寧に生きていけるような気がします。
―――ある先生が繰り返しおっしゃることがあります。MBSR1週目にレーズンエクササイズという実践がでてきます。先生曰く「大事なことはレーズンではなくて、レーズンにどうかかわるかだ」ということです。いま江崎さんが言われたことをお聞きしてそのことを思い出しました。体験というのはそこにあって、それにどう関わるのか、ジョン・カバット・ジン先生は、マインドフルネスについて、気づきと関係性の2つが大事とおっしゃったと聞いています。体験にどう関わるかということは本質的なことなのだろうと思います。
叶
先程、瞑想している時間に、自分の中の感情に気付くという話をしました。そのことは、子どもが親に話しかけたいのに、親が忙しそうにしていると話しかけづらい、言うという雰囲気にならない、ということに似ているように思います。親のほうが聞きたいと思っていても、子どもの方からでてこない、というような。そこで、自分に40分という時間を与えた時に、子どもが親に話しかけてくるようなことが起きるのではないかと思います。
江崎
あと、先程の話しの中で思ったのですが、8週間コースで集中して実践をすると、一旦高まったマインドフルネスの力が落ちていくのが残念だな、という気持ちになると思います。それによってまた別のコースに参加されるという方もいるかもしれませんし、ご自分一人で実践を続けていく方もいるでしょうし、いずれにしても実践を続けていくサポートにもなるかもしれません。私の場合はそのような思いもモチベーションになりました。
―――お二方とも、お忙しい中、お時間をいただきありがとうございました。引き続き、マインドフルネスの実践や、意見交換を一緒にさせていただければと思います。