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養魚秘録『海を拓く安戸池』(23)~父の死~

野網 和三郎 著

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(23)~父の死~

 滅死奉公、一億一心という大政翼賛運動の旗印は、軍事統制の厳しい銃後を築くために、女の体からは着物を剝がしてモンペ姿とし、指輪その他の装飾がはずされ、男の体からはネクタイがとられ、国民服に脱ぎ替えて、隣組、部落会には毎月役場の係員が出席して、上からの「達し」をくまなく伝え、これにもとる者は非国民の汚名を受けねばならなかった。

  その間にも、皇軍はマニラを占領、シンガポール陥落、コレヒドール島占領と華々しいニュースが次々と伝えられるに及んで、国民運動の波は、銃後を守る国民の意志を、戦場で血みどろとなって戦っている兵士の労苦に結ばせて、困苦に打ちかち耐乏の精神をいやが上にも高揚させて行った。

  安戸池の若い者のほとんどは出征し、後は中壮年の者で、懸命にがん張り通していたが、活魚運搬船五隻のうち新船の十一号が、徴用されニューギニヤへ出航という事態となって大衝撃を受け、養魚の施設完成と事業の伸展を期しての新船建造であり、何とかかわりの船との交換をと申し出たが、当時の水産課長は、国の命令だからと希望はいれられなかった。その船は現地について服役中、米空軍に撃沈され、その後十九年四月末、遂に私にも召集令が届き、海軍佐世保相ノ浦入隊となり、またそれと同時に次の船第五号も徴用され沖縄で撃沈されたのである。

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