養魚秘録『海を拓く安戸池』(22)~ハマチの公定価~
野網 和三郎 著
(22)~ハマチの公定価~
戦局の進むにつれ、総動員法は益々強化され、価格統制令が巾かれ、生活必需物資にまで、それがのび、食糧の国家管理を実施する段階にまで追いこまれて、国民等しくただならぬものを感じ「贅沢は敵なり」というスローガンのもとに、米穀通帳による配給制度からはじまり、いよいよ、魚の公定価へと進んでゆくにつれ、インフレの度合いは、益々深刻になってくる。闇屋の横行するようになったのもこの頃からで、世にも恐ろしい米英に宣戦布告の大東亜戦争、十六年十二月である。安戸池養魚のハマチも、当然この枠内に入れられ、身動きもならないまでになってしまった。
ハマチは鰤の子だから、鰤の価格がそのままハマチの価格となり、一貫匁三円二十銭の公定価である。これではどうしても採算がとれない。因にこの公定価格には、ふにおちないものがあった。今まで大衆魚で一般家庭に向けられていた。言いかえれば、トロ物のような資本漁業によって漁獲される、鮮度のあまり高くない魚種の価格は、統制以前にくらべ、非常に高値にはね上り、一方沿岸漁民の漁獲する、鮮度の高い高級魚種が、ついに大きく下落した。そして以前と反対に、高級と大衆魚の巾が全く接近してしまったので、この矛盾は全国沿岸漁民の怒りを買ったのだが、事が戦時中である。涙をのんだのはこれも沿岸漁民で、戦争を謳歌し、儲けたものはこれも資本漁業で、政治力の恐ろしさをまざまざと見せつけられた一駒である。