連載SF小説『少年トマと氷の惑星』Ⅲ.小箱の中身
Ⅲ.小箱の中身
鍵穴もなく、力づくで箱を掴んでもびくともせず、百年の間、開け方のまったく分からなかった小箱の鍵が、いとも簡単に開いた。
その瞬間、トマの頭は真っ白になったが、次の瞬きをする頃には、すぐにカイムの姿を探していた。
「カイム、カイム! 箱が開いた! じいちゃんの箱が開いたよ!」
今日も暖炉でスープを煮込んでいるカイムの元に駆け寄ると、トマは鍵の開いた箱を見せつける。
「おお、よかったなぁ。中身は何だった? ずっと知りたかったんだろう」
カイムにそう言われると、トマは箱の蓋をドキドキしながらゆっくりと開いて、中身を覗き込んだ。
すると、そこには、丁寧に折りたたまれた一枚の薄汚れた紙がしまわれていた。
「なんだこれは。これが、あいつの残したものなのか?」
トマがその紙を丁寧に広げていくと、そこに書かれたものを見てカイムは首を傾げる。
紙に書かれていたものは、トマもカイムも見たことのない複雑な記号の並んだ暗号のようなものだった。
「私にも見せて」
トマとカイムが考えこんでいる様子を見て、ティエラが近くにやって来た。
ティエラは、掠れたインクで書かれた、記号がずらっと並んだ紙面を暫く眺めると、やがてゆっくりとしたメロディーを口ずさみ始める。
「ティエラ、その音楽は何?」
トマは、それがティエラから初めて聴くものだと気づいて尋ねた。
「ここに書かれている歌よ。これは、『楽譜』といって、音楽の地図みたいなものなの」
トマはティエラの言う「地図」が何のことか分からなかったが、ここに書かれた記号たちは「音」を表しているのだと思った。
「なんで、じいちゃんはこんなものを残していったんだろう……」
そう呟いてから、トマがふと顔を上げると、思いがけないものが目に飛び込んできた。
なんと、ティエラが涙を流して泣いているのだ。
トマは、自ら泣いたことはなかったし、誰かが泣いているのも見たことがなかった。初めて誰かの涙を見た瞬間だった。
「ああ、これがシュウの残した曲なのね」
トマの目の前で泣き続けるティエラは、絶え間なく涙を流しているのに、決して悲しそうでない。
むしろ、やっと探していた宝ものに出会えたような笑みを少女の唇は浮かべ、その表情はきらきらと輝いていた。
「ティエラ、そろそろトマに話してやってくれないか。お前さんがなぜ、ここにやって来たのかを」
楽譜を握りしめて泣いているティエラの肩に、カイルは軽く翼を添えて声をかける。
「……ええ。その時が来たわ」
ティエラは、小さく頷いてから、自分の頬を伝う涙をまじまじと見つめているトマを抱きしめた。
「ティエラ、大丈夫? 涙はとまった?」
トマは、ティエラの柔らかい頬を撫でながら、そう尋ねる。
「ええ。ええ。大丈夫よ。トマは優しい子ね。私は嬉しくて泣いていたのよ。やっと、あなたに私のこと、そして、おじいさまのことを話せるわ」
「……ティエラは、じいちゃんのことを知っているの?」
「ええ。あなたのおじいさまは、ずっとずっと昔、私の大切な人だったのよ」
(つづく)
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