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【歌舞伎鳩:番外編】籠釣瓶花街酔醒(五月シネマ歌舞伎)

以前は毎週映画館に通っていた身であったので、シネマ歌舞伎というのはどこかで目にして知っていた。
籠釣瓶花街酔醒のポスターも確かどこかで見かけており、痘痕面あばたづらの男(おそらく)のビジュアルが強烈な印象に残っていて、時間が合えば見たいなあと思いつつ、これも見ていなかった。

ということで、四月に歌舞伎座で歌舞伎を見て面白がっていた鳩(下記参照)、今しかないと思い見に行きました。


籠釣瓶花街酔醒かごつるべさとのえいさめ

ざっくりとしたあらすじ:佐野の商人次郎左衛門が江戸での仕事の帰り際、土産話にでもと吉原に立ち寄る。そこで偶然ぶつかった花魁道中で、吉原一の花魁・八ツ橋に心を奪われる。
それから次郎左衛門は八ツ橋の上客となり身請け話まで進んでいくが、実は八ツ橋には心に決めた恋人栄之丞がいた。
そこに八ツ橋を金づるとしていた釣鐘権八が、金を借りられなかった腹いせに栄之丞を焚き付け、焚き付けられた栄之丞は、次郎左衛門と縁を切るように八ツ橋に迫る。
上客である次郎左衛門に冷たい愛想尽かしをする八ツ橋。引き下がる次郎左衛門。
それから数ヶ月後、上機嫌に再び八ツ橋の元に現れた次郎左衛門であったが……。
きちんとしたあらすじはこちら

花魁道中に突き当たり、次郎左衛門が八ツ橋に一目惚れをするのが「吉原仲之町見染よしわらなかのちょうみそめの場」。
次郎左衛門が通い詰めて、八ツ橋と戯れている描写が「立花屋見世先たちばなやみせさきの場」。
栄之丞が八ツ橋に、次郎左衛門との縁切りをするように言い渡す場面が「大音寺前浪宅だいおんじまえろうたくの場」。
八ツ橋が次郎左衛門に愛想尽かしをするまでが「兵庫屋二階遣手部屋ひょうごやにかいやりてべやの場・同 廻し部屋の場・同 八ツ橋部屋縁切りの場」。
それから数ヶ月後……「立花屋二階の場」。

ほんとうはもっと長い話で、この前段階があるらしい。
いわく、次郎左衛門の父は、妻が梅毒に罹ったために捨て、その後惨殺してしまう。その祟りによって父は死に、またその因果のためか次郎左衛門は疱瘡にかかり、ひどい痘痕面になる。
ある日金を奪われそうになった次郎左衛門は浪人に助けられ、その恩義に浪人の世話をすると、その礼にと刀を授かる。
この刀こそが「籠釣瓶」で、一度鞘から抜けば血を見るまで収まらないという曰く付きの妖刀"村正"であった。


  • 吉原仲之町見染の場

名優(どころではなく人間国宝 / 坂東玉三郎)に向かって何を言うという感じなのですが、高下駄で毅然と外八文字に歩く様が吉原で人気を誇っている花魁でしかなく、まさに絶世の花魁・八ツ橋がそこに生きていた

花魁道中で、群衆の中のご贔屓に向けて、笑みを投げかける八ツ橋。
映像なのでその様が大写しにされていて、笑みを作った瞬間、正直ぞっとした
あまりに美しいものを見ると、人間は泣きそうになるらしい。
次郎左衛門(中村勘三郎)はこの笑みに見惚れるわけだけれども(そりゃああんなの見たら惚れちゃうと思う)、次郎左衛門はぼーっと腑抜けて立ち尽くしてしまう見惚れ方で、田舎者がうっかり花魁に惚れてしまったことがよくわかる振る舞いだった。
"見惚れる"という仕草ひとつとっても、羽織を落としたり、魂を抜かれたように立ち尽くしたり、いろいろな表現方法があるのが面白い。


  • 立花屋見世先の場

八ツ橋が煙管の雁首を次郎左衛門の手に当てる(当然熱い)ところ、そういう戯れ方を昔はしていんたんですか……!?
なんか説明はできないけど、とても良いな……。
また次郎左衛門が始終にこにこで、人の良さ八ツ橋への気持ちが滲み出ているのが良かった。楽しそう。


  • 大音寺前浪宅の場

花道から出てくるだけで色男っぷりが分かる良い男、栄之丞(片岡仁左衛門)。
そしてそれがよく落語とかに出てくる起請きしょうというやつですね!?
しかし嫉妬に駆られているし権八に唆されているとはいえ、着物も仕立ててくれるような女のこと、もう少し信用してあげなよぉ……と思いました。


  • 兵庫屋二階遣手部屋の場

  • 同 廻し部屋の場

  • 同 八ツ橋部屋縁切りの場

愛想尽かしの場面、この前段を見ていると、八ツ橋がかたくなに次郎左衛門に視線を寄越さないことの意味が違って見えるのが切ない。
言葉では強く出ていて態度も拒絶しているようだけれども、八ツ橋の胸中はいかばかりか。
しかしこんな風に人気絶頂の花魁がその太客に唐突に愛想尽かしなんかしたら、周りのものは冷や冷やどころではない
もう少し、もう少し上手く、こんな恥をかかせるような方法でなくて理由を告げてきちんとフってあげなよ〜〜〜〜〜〜〜と、次郎左衛門の狼狽ぷりを見ていると割って入りたくなる(けども、そういうあれそれを見る演目なので……というのはわかっています……わかってはいるが……)。
もとより遊び方の綺麗な旦那なのだから、理由を告げれば身請けはせずとも、その後も綺麗に遊んでいきそうなのに。

八ツ橋の台詞回しが「〜なのサ」というのがなんとなく好き。小気味が良くて。

次郎左衛門とお供の人(名前忘れました……)が、この段で涙に涎に鼻水もだらだらで昨今の映画なんかではまず見ない"汚い"演技をとっているのが真に迫っていて良かったかもしれない。
すっかり惚れてしまった女にフラれた悲しさと、満座の中で恥をかかされる羞恥心と、全部混ざって、しかもそれを取り繕う術も持たなければ逆上することもない心根の潔さがそこに詰まっている。
(しかしちょっと集中力を削がれたのと、この幕自体は少し冗長だった……)
泣き笑いのような顔で吐く「そりゃああんまり袖なかろうぜ」に、次郎左衛門の心情も、八ツ橋の心情も分かっている鳩、胸が詰まってしまった。

茶屋の女将が鉄漿かねをしているように見えたんだけど、本当にしているんですか……?


  • 立花屋二階の場

痘痕面ではあるが、心根の良い男だと思っていたのにさァ!
うっかり見る前に最後までのネタバレを踏んでいたので(歌舞伎にネタバレという概念はある……?)分かってはいたものの、八ツ橋のやり方がよっぽど心を歪めてしまったのだなあと悲しくなった。
(学び:こういった物語の演目を縁切り物という / 「見染め(出会い)」「愛想尽かし(縁切り)」「仕返し(殺し)」がセット / 多くの場合「愛想尽かし」は女の本意でなく、縁を切られた方が逆上して惨劇となる / ひどい……)

しかしよくもまあ数ヶ月もそんなに怨念を溜めていたな。
この派手なラストに向かうための、あれそれの沙汰とはいえ、妖刀に魅入られたようになってしまう次郎左衛門は遣る瀬ないなあと思う。
前の幕で、九重という芸者だけが次郎左衛門を案じており、大変優しい良い女であったため、助かってほしいと思いました。

例の「籠釣瓶」について、なぜか短刀だとばかり思っていた(違った)。
それから「籠釣瓶」の銘の由来を、後になって調べたのだけれど、どうもいまいちぴんとこない。鳩の勘が悪いようです。

籠釣瓶とは、出火に備えてお屋敷や大店の軒に吊してあった非常用品。竹と紙でできた手桶のようなかたちで、乾くとたががゆるんで外れる桶と違い、水を溜めておかなくてよかったそうです。皮をはいだ竹を網代に編んだ上に蕨糊で厚紙を貼り、その上に漆を塗ってできていて、枠や底、釣手は木製。作るのは葛籠職人でした。「籠釣瓶は水を溜めて置かぬ、が水も溜まらずの通音となって、刀の銘としたものと考えられます」と小太夫は書いています。

歌舞伎演目案内:籠釣瓶花街酔醒 観劇+(参照:2023年7月24日)


ここからは野暮な話。
吉原が舞台の話だけど、ずっと男中心で回っており、あんなに美しいのに女は(八ツ橋に至っても)ほぼどの女も脇役というか、添え物感がある
男の見栄の世界だったのは「与話情浮名横櫛よわなさけうきなのよこぐし」もそうだったけれども、こちらの話の方がよりそれを感じたな〜と思いました。
ただしこういったものは、その物語が成立した時代やその頃の風俗にかなり左右されるものなので、良し悪しを指摘しているのではなく、ただそう感じたな〜というだけのことです。
古い年代に成立した物語を楽しむためには、まずその時代の考え方をベースに受け入れることが大切と思っています(その方が純粋に楽しめるしね)。
もしかして男の側に立つと、ラストの惨劇は、復讐してやったり! なスカッとした終わり方なのかも(?)

舞台はなまものなので、この目で見て体感することが一番とは思うものの、こうして映像として編集してもらえると、どこが見せたい演出なのかがクローズアップされるので良いですね。
また、細かい表情の動きも見られるので大変良い。
今年は月イチ歌舞伎では坂東玉三郎の出演演目が多くかかるようなので、通わなければなあと思った次第であります(ほかのも面白そう)。
また、坂東玉三郎×泉鏡花の四作品がかかるとのこと……絶対に……外せない……今から楽しみです。

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